日の光を遮るように立つ女性の後ろ姿が、シルエットのように浮きあがっています。空は下から上にかけて黄色からオレンジ色のグラデーション。なだらかな丘陵にも暖かい光が投げかけられています。
本作には「夕日の前に立つ女性」というタイトルがついてはいますが、作者による言及もなく、朝日なのか夕日なのかは、研究者によっても意見が分かれるところなのです。
この絵を描いたカスパー・ダーヴィト・フリードリヒ(1774~1840)は、生まれは当時スウェーデン領だったグライフスヴァルト出身ですが、ドイツを代表する画家と見なされています。デビュー当時は、近代絵画の先駆けとも言える伝統的でない画風が賛否を巻き起こしましたが、作品が王太子に買い上げられるなど、生前から一定の理解は得られていました。
特に高く評価されるようになったのは、1906年にドイツのベルリンで開かれた「ドイツ100年展」から。現代ドイツを代表する画家のアンゼルム・キーファーやゲルハルト・リヒターにも、フリードリヒをオマージュしたと思われる作品があり、彼が今も強い影響を与える存在だと分かります。
フリードリヒの絵は、個々の描写には観察に基づいた写実性があるものの、画面構成は幾何学的で抽象的。本作にもその傾向が強く見られます。まず、女性を中心軸に据えた左右対称構図。そして、画面の上下も明確に分かれ、上半分には空と女性の上半身、そして下半分には大地と女性の下半身が描かれています。抽象性が高いのは、見たままを描くのでなく、そこに画家の精神性をこめることが大事だとフリードリヒが考えていたからです。つまり、彼の絵には各要素はもちろん、構成そのものにも意味があるということ。しかし、彼の表現は独自性が強く、時代背景も複雑であることから、本作の解釈はまだ定まっていません。
フリードリヒは敬虔なプロテスタントだったことから、宗教的に読み解く見方が主流といえます。それによると、これは夕暮れの場面で、死と救済を表していると見ます。また、女性が立つ道は行き止まりになっているようでも、急に右側に逸れているようでもあり、終わりを暗示しているのかも。左右の大きな石は、バランスを取るためでもあり、堅い信仰心を表すとも読めます。よく見ると、左の遠景の樹々の間に小さく教会の尖塔があることも、この説を補強します。
他にも、朝日と捉え、妻の妊娠を表すという見方も。フリードリヒは1818年に結婚。その頃から絵によく女性が描かれるようになり、本作のモデルもおそらく妻カロリーヌ。軽く手をあげた姿は預言者のようで、お腹のあたりから放射状に広がる太陽光には厳かさがあります。星のように見える髪飾りが、星の冠を被った姿で聖母を描く伝統を連想させます。画家が本作を生涯手元に残したと聞くと、この母と子を表す説を支持したくなります。
INFORMATION
「国立西洋美術館リニューアルオープン記念 自然と人のダイアローグ」
国立西洋美術館にて9月11日まで
https://nature2022.jp/
●展覧会の開催予定等は変更になる場合があります。お出掛け前にHPなどでご確認ください。