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1992年の日本シリーズ・杉浦享の代打サヨナラ満塁弾の記憶は“育っていく”

文春野球コラム クライマックスシリーズ2022

2022/10/16

 3度目の登板、スワローズの元応援団員、佐々木です。

 この原稿を書いているのが10月14日の夜。東京ヤクルトスワローズ、日本シリーズ出場が決定した夜! 興奮しながら書いているので、筆が滑ることもあろうかと思いますが、ご容赦ください。

 まずは皆さま、優勝、そして日本シリーズ出場決定おめでとうございます!

 シーズン中はいろいろなことがたくさんありましたね。コロナで大量離脱とか終盤で追い上げられたりとか。村神様の55号、56号、三冠王もありました。

応援団時代にできなかった「動画で撮る」の楽しみ

 55・56号は運よく現地で見ることができて、応援団時代にできなかった「動画で撮る」ということができました。

 

 ルールを守って、最後まで応援してくれたスワローズファンの皆さま、本当にありがとうございます。

 さて、めでたいことに、スワローズは昨年に続いて日本シリーズを戦うわけですが、私は1991年に応援団に入りまして31年の間で、幸いにもたくさんのリーグ優勝、日本シリーズを経験させていただきました。

 楽しい思い出、つらい思い出、あ、あと、とても寒かった思い出……これは思い出というほど昔の話ではないですが、やはり印象に残っているのは、私が初めて見た92年、今や伝説となっている西武ライオンズとの日本シリーズ。

1992年10月17日16時30分ごろの出来事

 もっと細かく言うのであれば、1992年10月17日16時30分ごろの出来事。3-3で迎えた延長12回裏、1アウト満塁、バッターボックスに代打・杉浦享が立ってからの数分間に集約できると思います。

 球場全体が「ほぼ」スワローズファンで埋め尽くされるなか、私はバックスクリーン横の上の段、今でいう環境ステーションデッキエリアの前でサブリード(中央の応援を中継して周りのファンの方に伝える役割)として立っていました。

夕焼けを浴びた観客席をバックに、きれいなライナーで飛んでいき…

 私の立っている位置からの視点で解説するならば、代打杉浦のファンファーレが鳴り響いた後、3球目を振りぬいた打球は夕焼けを浴びた観客席をバックに、きれいなライナーで飛んでいき、あっという間に消えていきました。スタンド最上段に飛び込む代打サヨナラ満塁ホームラン。

 周りが総立ちになり、傘の花が広がっていく中で呆然と立ち尽くして(出来すぎた……)と小さくつぶやいたあと、その場に座り込んで、(出来すぎだ……)ともう一度つぶやいた記憶があります。

 ……え? 最上段? そんなに飛んだっけ?

1992年日本シリーズ第1戦、杉浦享が史上初の代打サヨナラ満塁ホームラン

 その頃の動画を見返しても、着弾する前に杉浦選手が万歳している姿に切り替わってしまってはっきりしないけども、長く見積もっても中段かなぁ……。