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2022/09/20

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©河合じゅんじ

 すごく古い話で恐縮ですが、水原茂監督の時代が今みたいな感じでした。親父に連れられて、中日球場のレフトスタンドによく行ってましたよ。水原監督が就任したのが1969年。私が最初に中日球場に行ったのは、その前の年。ぶっちぎりの最下位で赤くて袖なしのユニフォームで戦っていました。

 水原監督は優勝できませんでしたが、若い選手をどんどん使った。新人で入ってきた星野さんが打たれても打たれても使い続けていましたね。谷沢(健一)さんが入ってきたのも水原監督の時代です。島谷(金二)さんという三振ばかりしていた選手も辛抱して使い続けて、74年に優勝したときには正三塁手になっていましたからね。

 与那嶺(要)監督が巨人のV10を阻止して優勝しましたが、その土台を作ったのが水原監督だったんです。僕は立浪監督とよく似ていると感じています。立浪監督が土台を作って、立浪さんの意志を継いでくれる次の監督が優勝してくれるんじゃないでしょうか。でも、会社がまったく違うタイプの監督を選んだらダメですよ!

フロントよ、しっかりしろ!

 なかなかホームランは出ませんし、借金もありますが、サヨナラ勝ちもありますし、面白い試合もある。17日のヤクルト戦は延長12回でよく追いつきました。選手たちは頑張ってますよ。立浪さんをはじめとした現場も戦力が足りない中、頑張ってると思います。発展途上のチームとしてはなかなかいいんじゃないでしょうか。

 あとはフロントがしっかりしなきゃ。僕たちファンには球団の内部のことはわかりませんが、補強にせよ何にせよ、フロントが頑張らないと現場がかわいそうですよ。本当にお金がないのか、どうなのか。バンテリンドームにお客が入らないなら、企業努力しないといけないでしょう。

 今から40年前の1982年に近藤貞雄監督が率いて優勝したときは、ちょうど漫画家を目指して東京で一人暮らしを始めた頃でした。友達はいなかったけど、ドラゴンズの優勝をテレビで見て、立ち上がって喜びましたよ。このときは東京でも中継があったんです。すごく励まされたよ。ドラゴンズには歯がゆいところもありますけど、ファンをやめることはありません。ぜひ魅力のあるチームになってほしいですね。長い目で応援してますよ。

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