「真実は、死をかけても、正しく記録されるべきだ。記録されたものが、歴史を編集するときの資料となる。まちがった記録は、歴史をまげることにほかならない」

 作家の陳舜臣氏が雑誌『文藝春秋』に綴った中国のリーダーたちによる「言論弾圧の歴史」とは? 同誌のバックナンバーをもとに「中国と日本の100年間の歴史」について解説した城山英巳氏の新刊『日中百年戦争』より一部抜粋してお届けする。(全2回の2回目/前編を読む)

中国はなぜ歴史を歪めるのか? ©iStock.com

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今の学生は知らない「流血」の事実

 習近平は2021年11月11日、建国以来「第3の歴史決議」を採択した共産党第19期中央委員会第6回全体会議(六中全会)で講話し、民主化運動を武力弾圧した1989年6月4日の天安門事件(六四)についてこう総括した。

「党と国家の生死の存亡を懸けた闘争に打ち勝ち、西側国家のいわゆる“制裁”圧力に耐えた」(共産党理論誌『求是』2022年第1期)

 この習近平の認識に基づけば、「六四」は習にとっても、現在の中国共産党にとっても「勝利の歴史」のはずである。それではなぜ、天安門事件は今も共産党にとって最大のタブーであり、メディアで公に語られることはなく、国内でネット検索しても表示されないのだろうか。SNSで発信しても削除され、民間人が記念集会を開けば、警察に連行され、投獄されることもある。教育現場で語られることも皆無だ。

 中国人の若い学生に聞くと、「大学3年まで知らなかった」「天安門事件の真相を知って死ぬほど驚いただけでなく、騙された感じがして悲しかった」「『知らなくて大丈夫だよ』ではなく、『知らない方がいい』という印象が強い」という。

 筆者が通信社の特派員として最初に北京に駐在した2000年代前半、共産党がまさか「六四」を歴史から抹殺しようと本気で考えているなんて思いも寄らなかったが、2回目の北京駐在の際、本気だと分かった。

 2014年、25年前の民主化運動に参加した著名な改革派知識人たちが「六四」の事実と記憶を引き継ぐため内輪の研究会を開いた直後、相次ぎ連行された。習近平がトップに就いて「歴史抹殺」は加速する。