文春オンライン

2022/10/08

source : 文春新書

genre : ニュース, 社会, 政治, 歴史

元号まで抹消した明代

 天安門事件直後、流血の惨事が歴史から消されかねないと予言したのが、『阿片戦争』『諸葛孔明』など中国の歴史をテーマにした作品で知られる作家陳舜臣。祖父の代に台湾から移住した陳は神戸生まれ。中華人民共和国籍だったが、天安門事件に憤り翌90年に日本国籍を取得した。

作家の陳舜臣氏(1924〜2015年) ©文藝春秋

「真実は、死をかけても、正しく記録されるべきだ。記録されたものが、歴史を編集するときの資料となる。まちがった記録は、歴史をまげることにほかならない」

「1989年6月4日は、正確に記録されなければならない。幸い現代では、ペンのほかに映像が記録の有力な武器となっている」

「権力をもつ側が、このような歴史の歪曲を試みるものだが、いまはそれが通用しなくなっている。きびしい規制を受けたとはいえ、天安門惨事の報道は、それをはっきりと示したといえよう」

 陳は言論弾圧に関する中国史の事例を複数紹介しているが、ここで取り上げるのは明王朝(1368~1644年)の第3代皇帝永楽帝のケース。明朝創始者の洪武帝(朱元璋)が死んだ際、皇太子は既に亡く、皇位を継承したのは皇太子の次男で、これが第2代の建文帝である。

 だが、これに不満だった洪武帝の四男は建文帝を殺し、自分が永楽帝として即位した。永楽帝は「建文」時代の4年間を抹殺するため、31年で終わった「洪武」時代が35年続いたことにした。陳舜臣は記す。

「あらゆる記録から建文という元号を抹消したのである。建文が即位したという事実まで抹消してしまった。この歴史歪曲に反対した方孝孺(ほう・こうじゅ)たち知識人が大量に殺されたのである」