魂を揺さぶる「猪木の言葉」
「いつ何時、誰の挑戦でも受ける」
「こんなプロレスを続けていたら10年持つ選手生命が1年で終わってしまうかもしれない」
「俺の首をかっ切ってみろ!」
「出る前に負けること考えるバカいるかよ! 出ていけコラァ!」
「てめぇらの力で勝ち取ってみろ!」
こうしてあらためて並べてみると、その緊張感やドラマ性は突出している。スポーツというより、アクション映画や少年マンガの名セリフのようだ。
「優れたプロレスラーはほうき相手でも名勝負ができる」という言葉があるが、もっとも当てはまるレスラーが猪木だろう。屈強な肉体と言葉の力で、ただの現実をドラマに仕立てているのだ。
プロレスラーから、大衆のヒーローへ
猪木の活動範囲がプロレスの外に広がると、使われる言葉も変化した。
1989年に参院選に出馬・当選した際には、「国会に卍固め」「消費税に延髄斬り」という伝説のコピーを採用。
名言というより迷言・珍言の類にカテゴライズしたくなるものの、一度聞いたら決して忘れないキャッチーさがあるのは否定できない。
以降、猪木の言葉は、ヒリヒリしたプロレスのニュアンスの代わりに、圧倒的な大衆性を獲得するようになる。
2000年には『猪木詩集「馬鹿になれ」』(KADOKAWA)を刊行。下記に代表的な2作を引用する。
<サンタモニカの朝に>
不安だらけの
人生だから
ちょっと足を止めて
自然に語りかけてみる
「元気ですかーっ!」
自然は何も言わないけれど
ただ優しく
微笑みかえしてくれた
元気がいちばん
今日も
サンタモニカの
一日が始まる
<心の扉>
今日はいい天気
いつまでも拗ねていないで
心の扉を開いておくれ
窓のカーテンを引けば
心の奥へと光が差し込んでいく
さっきまであんなにこだわっていた
心のしこりが溶けだして
君の笑顔が輝いた
ほら、今日はいい天気
冷蔵庫の納豆
食べちゃってごめんね
「冷蔵庫の納豆を食べちゃった」そんな、どこにでもある日常の風景にドラマを見出す感性は、「ほうき相手でも名勝負ができる」プロレスラー、猪木の面目躍如と言えるだろう。
こうした大衆の人気者・アントニオ猪木のすべてが詰まった詩が、あの「道」だ。
<道>
この道を行けばどうなるものか
危ぶむなかれ
危ぶめば道はなし
踏み出せばその一足が道となり
その一足が道となる
迷わず行けよ 行けばわかるさ
『猪木寛至自伝』(新潮社)に禅僧である一休宗純の詩として紹介されており、一般的にもそう理解されている。しかし、この詩が一休宗純のものである証拠はないらしい。
宗教家・哲学者である清沢哲夫の詩を猪木が改変したものというのが、現在の通説になっている(確かに「迷わず行けよ 行けばわかるさ」は、猪木の口調そのものだ)。こうしたエピソードもまた猪木らしい。