「私の中では《普通》がチート」の深いワケ
――先生としては、「フィクションの世界だとしても、そんなに都合よく話が進むわけはない」という思いがあったのでしょうか。
日渡 え~と、私の中では《普通》がチートなんですよ。最強なんです。
『ぼく地球』の前に、『記憶鮮明』というESPを持つ主人公の話を描いてるんですが、これは「特殊能力を持っているけど普通に生きたい」みたいな話で。《普通であること》がベストチートだったんですよ。
――『記憶鮮明』の主人公・未来路(みくろ)は、『ぼく地球』にも登場します。彼は、先生が中学生時代につくった古参キャラクターだそうですね。
日渡 はい。未来路はかなり古い持ちキャラなのですが、強いESPを持つという設定は変えていません。彼はさまざまな葛藤を抱えていますが、その理由は、もともと何かが欠けているから。
欠けを埋めるために特殊能力が発生して、でもその能力が強大であるがゆえに、自分が振り回されて補われる……そんな感じなので、自分に何かが欠けていることを強く自覚したときに、葛藤するのかもしれませんね。
普通の人が、本当は一番カッコイイ
――普通の人から見るとうらやましい能力を持っているのに、本人たちは苦しむ。
日渡 『ぼく地球』でも『記憶鮮明』でも、私が描いているのは《普通でいたい幻想》なんです。輪や未来路は特殊能力を持っていて、人の心を読むことや瞬間移動などを簡単に実現します。
でも、本来ならば「特殊能力がない普通の人が一番最強」で、彼らはそれに憧れている。
――まったく普通の人が、実は一番すごい?
日渡 強い能力を持つ人物ほど、マイナスの引力も強いので、プラスを欲しがると思います。そういう人物の物語はドラマティックではあるのですが、特殊能力というのは実は不安定で、あやふやなものだったりします。
一方、プラマイゼロの普通の人は、自力で経験を積んで自信を得ている。そういう普通の人が、本当は一番カッコイイ……みたいなことは思いますね。
――先生の作品では、特殊能力を持つ人物の周りに、普通の人が必ず登場しますね。
日渡 はい。なので、『ぼく地球』シリーズを通して最もチートなのは、今のところ「田村」(極道の人間だが、ひょんなことから前世の仲間探しに関わる)と「カプつん」(蓮と同じクラスの友人)という、普通の人たちになると思います。『記憶鮮明』では「アーボガスト」(ニューヨーク市警の刑事)っていうオッサンですかね。