たった半年で3人が死亡した「山形県・戸沢村人喰いグマ事件」。この惨劇はなぜ起きてしまったのか? 後編では“戸沢村の人喰いグマ”の頭骨を持つ男・T氏、現地の猟友会メンバーなどにインタビュー。
そこで見えたのは、クマの想像を絶する身体能力と生命力だった。明治、大正、昭和、平成、令和に起きたクマにまつわる事件を網羅した新刊『日本クマ事件簿』より一部抜粋してお届けする。(全3回の2回目/#1を読む)
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“戸沢村の人喰いグマ”の頭骨は現存していた
調べを進めるうちに、このT氏が“戸沢村の人喰いグマの頭骨を所有していることが発覚。コンタクトを取ることに成功し、「頭骨を見せてもいい」と許可をいただいた。彼が代表取締役を務める「トガシ商会」は、山形県酒田市随一の観光名所「山居倉庫」からほど近い場所にあった。
富樫邦男さんは、不動産会社や猟銃を販売する銃砲店を経営し、自身も熟練のハンターでもある。富樫さんは以前、大声を上げても気づかないクマを撃ち、頭骨を標本にしてみたところ、弾丸が頭骨の一部を貫いた古傷があったことに驚き、異常行動をしたクマの頭骨に興味を持ったという。一連の事件のクマは常軌を逸していたため、同村のハンターから頭骨を譲り受けたそうだ。
富樫さんは、応接間の奥から台座に乗った複数の頭骨を持って来てくれた。
「触ってごらんなさい。持ち上げてもいいですよ」
お言葉に甘えて恐る恐る持ち上げてみると、ずしりと重い。そして、小指ほどの太さはありそうな鋭い牙……。この牙を持てば、人間の肉など柔らかな果物のようなものなのかもしれない。
「正常なクマの頭骨と比較すると、この矢状稜という部分が潰れているでしょう?」
例の“人喰いグマ”だという頭骨を手に持ち、“正常な”クマと異なる部分を比較して教えてくれた。
矢状稜(しじょうりょう)とは、頭骨のてっぺんおよび中心にある突起のような線で、「ウルトラマンの頭の上にあるやつ」のなだらかな感じといってもいいかもしれない。確かに、くだんの頭骨は、その部分が潰れてぼんやりとしている感じだった。
もう一つは、富樫さんが遭遇した奇行グマのものだった。おでこの辺りに穴があり、そこから貫通した弾丸によって、頭骨の一部が破壊されていた。驚くべきことに、このクマはそれだけの傷を負いながらも、回復し、生きながらえた。
しかし、脳をやられたことによって野生の本能が失われたのか、富樫さんと遭遇したとき、「普通は逃げるのに、近づいて来たから、変なクマもいるもんだと、しょうがなく撃ったんです。放っておいたら人間を襲ったかもしれないので」
並んだ頭骨を見ながら、この牙の持ち主がまっすぐに向かって来たらと思うと、五体満足のまま生還できる気は一切しなかった。