粘膜にとどまる早期がんなら、内視鏡で治療することができる。大腸がんの内視鏡治療は、金属の輪をひっかけて病変を取る「内視鏡的粘膜切除術(EMR)」が主流だが、内視鏡の先端から小さな電気メスを出し、病変の下を剥離して、粘膜ごとはぎ取る「内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)」が普及しつつある。2012年4月には、大腸がんにも保険が適用されるようになった。
EMRでは2センチ以上の腫瘍は一度に取ることができなかった。だが、ESDの登場で、10センチを超えるような腫瘍でも一度に取り切れるようになった。田中医師は最大で15センチの腫瘍を切除したという。だが、なんでもESDで治療すればいいというものではないようだ。
「直腸がんは、切除手術をすると人工肛門になったり、排便障害や性機能障害が生じたりします。ですので、いきなり手術するのではなく、正確な病理診断を目的にESDを実施することがあります。たとえば、転移リスクが1%ならESDだけで治療は終わり、30%くらいなら追加手術というような判断ができるわけです。
一方、結腸がんは腸管を部分的に切ってつなぐだけなので、術後の機能障害はほとんどありません。腫瘍が非常に大きい場合や、内視鏡治療が手技的にむずかしい場合は、手術より時間がかかることもありますので、腹腔鏡下手術を受ければいいでしょう」
内視鏡で治療できない場合は手術となるが、胃がんと同様、大腸がんも「開腹手術」と「腹腔鏡下手術」の選択肢がある。後者は、おなかに4、5カ所小さな穴を開け、そこから細長い専用のカメラや器械を挿入。モニターを見ながら器械を操作して手術する方法だ。
黎明期からこの手術に取り組んできた北里大学外科学教授・北里研究所病院副院長の渡邊昌彦医師は、やはり腹腔鏡下手術を受けたいと話す。
「あのときの感動は忘れもしません。胆石の手術ができるのだから大腸がんにも応用できると考えて、92年6月に初めて実施したのですが、翌朝、患者さんがすごく元気で、びっくりしました。それで本格的に取り組むようになったのです」
腹腔鏡下手術のメリットは、傷が小さく、回復が早いことだ。とくに、術後の癒着が少ないことが大きいと渡邊医師は強調する。
「創(きず)が治るときに腸とくっついてしまうのですが、開腹手術だと創口(きずぐち)が大きいので、少なくとも80%は癒着が起きます。腸閉塞を起こして、なかには手術が必要になる人もいます。これに対して腹腔鏡は術後の癒着が少ない。これを見ても、創が小さいことは大きな利点と私は思います」
「大腸癌治療ガイドライン」(大腸癌研究会)では、腹腔鏡下手術はステージⅠまでの早期がんがよい適用とされている。しかし、結腸がんでは、進行がんにも実施する病院が増えている。一方、排便・排尿に関わる神経と肛門の温存が課題となる直腸がんには、慎重な意見が多い。とくに男性の骨盤は狭く、腹腔鏡だとむずかしいと言われてきた。
だが、この手術の名手と言われる大阪医科大学附属病院がんセンター特務教授の奥田準二医師は、進行直腸がんにも積極的に腹腔鏡下手術を実施している。
「むしろ神経と肛門の温存が求められるからこそ、直腸には腹腔鏡のほうが優れているのです。腹腔鏡のメリットは傷が小さいこと以上に、カメラで拡大視ができること。さらに開腹手術では見えないところも近接視できよく見えることです。進行直腸がんには腹腔鏡はすべきでないと言われていますが、適切に行なえばその利点を十分に活かせます」
だが、腹腔鏡下手術に否定的な意見は少なくない。都立駒込病院大腸外科部長の高橋慶一医師は「自分だったら、開腹手術を受けるでしょう」と話す。