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 会社に勤めると、会社は労働に見合っただけのお金を払います、社員のほうは賃金に見合った労働力を提供します。会社というところは雇う側と雇われる側の契約で成り立っています。ですから、双方の関係は基本的にフィフティフィフティです。

 しかし落語界には前座、二つ目、真打という厳しい序列があるので、ブラック企業のような匂いがないでもありません。

 要するに「嫌ならやめていいよ」という一方的な力関係で出来上がっている世界なので、修業中は師匠の無理難題に耐えられるかを試されているようなものなのです。

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「おれはおまえにいてくれと頼んだわけじゃねえよな」と、よく談志に言われました。

 こちらには談志に惚れて入門した弱みがあるので、「はい、そうです」と答えるしかありません。第三者が見れば完全にブラックです。

 しかし、これは第三者が評価すべき問題ではなく、師弟という人間関係で相互が判断すべき案件です。

「おまえの人格を否定しているわけじゃないからな」

 私が談志に対してしくじりをして叱られたときも、談志は「おまえの人格を否定しているわけじゃないからな」とブレーキをかけていました。「おまえの人格を否
定している怒りではない。おまえの言動に対する怒りだ」というわけです。

 第三者から見ると理不尽なことでも、惚れた談志だから耐えられた部分もありますが、いま考えると、私が立川流にい続けられ、どうにか真打になれたのは、師匠の談志がロジカルな人物だったからという部分が大きいと思います。

 入門前に談志以外に好きな師匠もいましたが、ほかの師匠に入門しなかったのは、正直な話、心から尊敬できる師匠に入門したい、尊敬できる師匠ならどんなことを言われても耐えてみせるというプライドがあったからです。

立川談志師匠 ©文藝春秋

 人間、生きていれば理不尽な理由で叱られたり怒鳴られたりすることがあるものです。これが仕事という勝負の場であればなおさらです。

 叱られたり怒鳴られたりしたとき、反射的に怒ってしまうのは自ら同じ土俵に上がってしまうことになるのでNGです。

 アンガーマネジメントに「6秒ルール」というのがあります。怒りを感じたとき、6秒我慢すると怒りが収まるというテクニックですが、相手が何を怒っているのか、怒鳴っている人物は尊敬している人なのか、そんなときこそ冷静に考えてみることです。