前日の明け方、誘拐犯は現地警察によって逮捕されていたのだ。しかしこの時点まで、担当者にさえ犯人逮捕の一報は知らされていなかった。現地警察は空港玄関前で捜査員らを出迎えていたのである。
被害者も無事に保護されていた。日本側の捜査員らはその知らせを聞き、安堵の思いでいっぱいだった。
「飛行機に乗る前に知らせてくれたら、寒い中、ジャンパーに着替えなくてもよかったのに」
そんな笑い声があがったという。中国という他国で発生した事件が無事解決し、皆がほっとした瞬間だった。
犯人は日本語が話せる中国人…母国語の癖が重要な手がかりに
捕まえてみると誘拐犯は中国人男性。大阪に在住経験がある、日本語が話せるタクシードライバーだった。
犯人は瀋陽の駅で被害者に目をつけ、宿泊先のホテルまで尾行。被害者の名前をフロントで盗み見て、チェックアウトの時間を知ったという。事件当日、誘拐犯は空港で被害者を待ち伏せしていた。被害者がスーツケースを引いて空港に到着したところを「ホテルに忘れ物がありましたよ」と言って近づいた。そして、そのまま被害者を誘拐したのだ。
日本側捜査員は、誘拐犯が日本語で電話してきたため、はなから日本人だと思い込んで捜査をしていたのだ。犯人が逮捕された後、録音された電話のやり取りを聞いた捜査員は「そういえば、電話でチケットをチケトと言っていた」と証言した。中国語話者は、促音という、日本語の小さいツを発音するのが苦手な人が多いらしい。例えば「待って」と言う言葉は、中国人が言うと「待て」と命令調になりやすいという。
中国語が堪能な捜査員はそれを聞き、「自分が録音を聞いていれば、最初から犯人は中国人だとわかっただろう」と言ったという。
A氏も「外国人はどんなに日本語がうまくても、どこかにかならず母国語の癖が残っている。それを見逃さないことが必要だ。韓国人だと銀行家を銀行かーと言ったりするように、何気ないところに癖が出る。そこをみつけるのが重要だ」と語る。
外国人が関わる犯罪や国際捜査において、捜査対象がどんな人間か、どの国の人間かを知るためにもっとも重要な手掛かりは、その人間が発する言葉だという。これは外国語に限らず、日本語でも同じだ。国内には多くの方言があり、出身地によりイントネーションが変わったり、地方によって言い方や言い回しが異なったりする。誰しも互いに標準語で話していても、相手の言葉の微妙な違いに気がつくことはあるだろう。
捜査員たちは、事件を解決に結びつけるため、そういうちょっとした癖を発見する能力を磨いている。