「外国と日本では手順が違う。それを理解していないと、外国の警察組織との連携は難しい」
組対2課で米国の組織と連携した経験がある元刑事B氏は、日本と外国との捜査手順等の違いを説明する。
「日本では誘拐事件の場合、被害者を無事に確保して保護するのが最重要ミッションで、その次がホシの逮捕だ。現場でも『ホシが逃げた、そら追いかけろ、逃がすな! 捕まえろ!』ではなく、被害者が最優先。『被害者は無事か? 無事だな。問題ないな。なら、ホシを捕まえろ』という順になるが、他の国ではこの手順が逆になる場合が多い」(B氏)
その違いは現場に踏み込んだ時、はっきりと表れるという。
「日本の警察は踏み込むにあたり、被害者対策だけを念頭に置き、他のものには目もくれずにいく。被害者が撃たれないよう、ケガを負わないよう、捜査員らは自らが盾になる覚悟で突っ込んでいく。だが、外国では被害者救出よりも犯人逮捕が最優先される場合がほとんどだ。被害者が殺されてしまっても仕方がないが、犯人は必ず捕まえる。さもなくば犯人を射殺するというのが、他国のやり方だ」(B氏)
すでに誘拐犯は現地警察によって逮捕されていた
捜査員らの必死の説得についに中国側が折れた。身代金の受け渡しについて譲歩したのである。A氏はその時の捜査員らの気持ちを「一時的ではあるが、これでしばらくは、被害者を危険な目にあわせずにすむだろうとほっと胸をなでおろした」と解説する。
しかし、それもつかの間。中国側からこんな指示が入った。
「捜査員全員、ジャンパーを調達しろ。日本の捜査員は全員背広を着ているため、すぐに日本人と分かる。そのままではまずいので、明日、瀋陽に行く際には全員ジャンパーに着替えてくれ」
当局にそう指示されれば、従わないわけにはいかない。捜査員らは困惑しながらも、秋風が冷たい北京の街で、なんとかジャンパーを調達したという。だが入手できたのは季節に合わない薄物のジャンパーだった。
さらに中国側からの指示は続いた。
「どこで犯人が見ているかわからない。日本人が全員同じ行動をして、同じ方向に向かうとすぐにわかる。瀋陽の空港ではバラバラに空港から出るように」
捜査員らは飛行機の中で薄物のジャンパーに着替え、瀋陽の空港に降り立った。瀋陽は北京よりも気温が低く、その日はかなり寒かったという。そんな肌寒さをこらえながら捜査員らは指示されたとおり、バラバラに歩き出す。
その時である。空港を出ようとした彼らの足が止まった。目の前に、ずらりと現地警察が整列していたのである。何が起きたのか、捜査員らには見当もつかず、目の前の光景に驚きを隠せなかった。
「この時、捜査員の胸には嫌な予感しかなかっただろう」とA氏はいう。だが、日本人たち以上に驚いたのは、彼らに同行していた中国側の担当者だ。表情を強張らせ、担当者は慌てて現地警察に駆け寄った。