その兄は幼くして亡くなってしまう。その後、生まれたのがサガンだった。子どもを亡くした親の心理として、新たに生まれてくる子どもを、亡くなったわが子の生まれ代わりのように感じてしまうということがある。だが、生まれたのが女の子だと知ったとき、母親は戸惑いを覚えたに違いない。それでも、世話をするうちに、かけがえのない存在となるものだが、一家は裕福で、子育ても下女がやってくれたので、母親はサガンに関心が持てないまま、彼女は育っていくこととなる。
いや、そもそも亡くなった幼い兄に対して、母親がどれだけ愛情を持って育てていたのかにも疑問が呈されている。兄のモーリスは、暑い日にベビーベッドで脱水状態で亡くなっていたのだ。
(3)自分のルールを押し付けてしまう親
三つ目のタイプは、義務感やきちんとさせようとする思いが強い親で、前の者よりもさらに問題に気づかれにくい。とても献身的で愛情深い、理想の母親と、周囲も母親自身も思っていることが多いタイプである。
だが、子どもの立場からすると、押し付けられ感や口うるさい感じがあり、注意や叱責を受けないように、つい親の顔色をうかがってしまうようになる。親のルールが基準であり、それ以外は認められない。その子にとってどうかということは、あまり顧みられず、親がそうでないとダメと思い込んでいる価値観や基準が強制される。
一方的な押し付けは虐待になってしまうことも
本来、子どもがのびのびと自分の可能性を発揮できるためには、子どもが求めていることには応えるが、求めてもいないことには手出し、口出しをしないという応答性の原理がとても重要になる。ところが、この部分が無視されて、本人の気持ちに関係なく、親の思いの方が優先されてしまう。
一見すると、とても献身的で、手厚く世話や愛情を注いでいるように見えるのだが、実は、親がやりたいこと、やらせたいことを強いているだけという面が見えてくる。安定した愛着を形成するためには、安全基地となることが求められ、そのための大事な条件の一つは、共感的な応答ができているかどうかということなのだが、一方的な押し付けになってしまう。
その差はとても小さなことに見えて、限りなく大きい。実際、自分の基準を押し付けてしまう関わり方は、それが熱心であればあるほど、むしろ虐待になってしまうこともあるからだ。
最近、身近で、こうした母親との関係に苦しんでいるケースが増えている。
適応障害の裏に見えてきた母親の押し付け──麻奈美さんのケース
麻奈美さん(仮名)は、30代の女性で、最近、会社に行くのがつらくなっている。仕事自体は、やりがいがあると感じているが、男性の同僚との関係が重荷に感じられる。もともとは親切にしてくれていたのだが、少し気を許しているうちに、セクハラまがいなことを言ってくるようになり、それで距離を取ろうとすると、今度は、あら探しをされたり、意地悪な発言をされたりするようになったのだ。