「あ、やられた」
中川はそう思ったという。だが「RT」は目の前1メートルほどのところで急停止すると、クルっと反転し、道路に駆けあがると、道路封鎖中の警察官の前を悠然と山へと去っていった。
「姿は見えねんだ。声だけ。いわゆるブラフチャージ(威嚇行動)だったと思うけど、もしオレが動いたり、逃げようとしたらやられていたと思う。正直、もう会いたくねぇな、と」
300頭以上の羆を獲ってきた中川にそんなことを思わせたのは「RT」が初めてだった。
誰も予想しなかった結末
だが、大胆不敵な「RT」の終焉は、誰もが予想しなかったあっけない形でやってくる。
2022年7月15日、過去の犬の襲撃現場にほど近い場所に設置された箱ワナにかかったオスグマが駆除された。体長およそ160センチ、体重は200キロほどで、11歳以上と推定されたそのクマは、後のDNA鑑定によって、8頭の犬を襲った「RT」であったことが判明したのである。
「正直、箱ワナにかかるタイプのクマじゃないと思ってたから、意外だった。顔? 他のクマとおんなじだ、おんなじ。何か特別な雰囲気があるとか、そんなことは全然なかったね」
飼い犬連続殺傷のヒグマ「RT」、4年越しで駆除 北海道・知床https://t.co/ggJknmwXVQ
— 朝日新聞デジタル (@asahicom) July 15, 2022
北海道羅臼町で、2018年から飼い犬8匹を殺傷し続けたオスのヒグマが駆除されました。初めて目撃された、斜里町のルシャ地区にちなんで関係者に「ルシャ太郎」と呼ばれていたため、「RT」の通称がついていました pic.twitter.com/pHujR9m3vF
なぜ4年以上もの間、箱ワナを避け続けた「RT」が、急にワナにかかったのだろうか。中川にはひとつ思い当たるフシがあった。
「実はRTが捕まる前に、海岸町から岬町にかけての付近で立て続けにでっかいクマ獲ったんだ。それぞれ300キロ、350キロ、420キロ(※#1で筆者が中川に見せられた羆の頭骨の持ち主)あったんだけど、それまではワナをかけても、こいつらにみんな蹴散らされてたんだ。ワイヤーで固定していなかったとはいえ、箱ワナを転がしたり、崖から落としたりして壊すんだわ。で、この3頭を駆除した途端に、RTが入った。RTは200キロだから、檻を壊すことまではできなかったんだと思う」
「RT」のDNA鑑定は、もうひとつの「意外な事実」を告げていた。「RT」の母親もまた10年前に駆除された個体だったのである。
「その母熊を撃ったのがオレさ」中川はそう言った。
「RT」は母を人間に殺された復讐で犬を襲った――そんな噂話も地元ではないではない。
さすがにそれは荒唐無稽にすぎるかもしれない。だが「RT」の出自を知って、中川は自分が「RT」に感じた不気味さや居心地の悪さの正体がわかったような気がしたのもまた事実である。
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