「羆(ヒグマ)猟に使える紀州犬が欲しい」と望んでいたハンターの中川正裕が、紀州犬の名ブリーダーでもある猟仲間から熊五郎を譲り受けたのは1995年のこと。

 猟の世界では紀州犬といえば「一銃一狗」という言葉がある。その言葉通り、1人の狩猟者と1頭の犬が一体となることで、イノシシのような大型獣をも仕留めることができるとされている。とりわけ熊五郎の場合は、そのルーツは伝説的な紀州の名犬「鳴滝のイチ」の血筋に繋がる「狩猟エリート」である。

 中川の期待は否が応でも高まったが、紀州犬が本州には生息していない羆に対しても果敢に向かっていけるのかは、未知数だった。ちょくちょくエゾシカなどの猟には連れ出したり、獲った羆を噛ませたりしていたが、熊五郎がヒグマ猟に対する「適性」を見せたのは、間もなく3歳になろうかというある日のことだった。(全3回の2回目/#3に続く)

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散歩中にヒグマと遭遇

 この日、中川は熊五郎を散歩させるために、車で誰もいない山へと連れて行った。解き放たれた熊五郎はいつものようにオシッコをしてから林道を駆け上っていったが、やがて「オヤ?」という風情で立ち止まると、今度は一気に林道の下に広がる川の方へと急斜面を駆け下りていったのである。

「なんだ?と思って見たら、川の中州に羆がいるのさ」

 200キロくらいの羆だったが、猟期でもなく、ましてや犬の散歩のつもりだったので、銃などは持っていない。危険だ、と思いながらも見守るしかなかった。熊五郎は臆する様子もなく中州に上がると、「ウォン!」と一声、羆を威嚇した。

ヒグマに恐れず立ち向かう

「クマの方も手を振り上げたり、威嚇したりするんだけど、それを巧みにかわして、もう絡む、絡む。これはいいぞ、と思ったね」

 結局30分ほど一進一退の攻防を続けた末、根負けした羆が逃げるように森に去っていくと、熊五郎もまた中川のもとに戻って来た。

 ここから「羆狩り犬」としての本格的なトレーニングが始まった。

「羆の生皮さ、このくらい(30センチ四方)に切って、ロープで車に縛って林道を1キロくらい引きずって、羆の匂いをつける。それを林道わきのヤブの中に投げておいて、スタート地点に戻って犬に匂いをとらせるんだ。最初のうちは途中で追跡をやめるそぶりを見せることもあったけど、何回も繰り返しているうちに、どこに隠しても、確実に生皮を見つけられるようになったね。猟をする本能、『猟能』を蘇らせるために、手負いのシカにトドメを刺させる訓練もしたよ」

「デビュー戦」の相手は、他のハンターが駆除で撃った手負いの羆だった。それほど大きくなく、下半身もほぼ動かないとはいえ、熊五郎が近づくと、サッと爪を振るい、威嚇する。熊五郎はその攻撃を掻い潜ると、隙を見つけて首元に食らいつき、あっと言う間に動けなくした。上々のデビュー戦を経て、熊五郎は羆狩りの経験を積んでいった。