秋の陽光を浴びて鈍く輝く羅臼の海は、かえって荒れたときの凄絶な波濤を想像させる。
この地に「獲った数なら多分あの人が一番」とハンターの間で噂される「羆(ヒグマ)撃ち」がいる。
その人のことを聞いたのは、羆ハンター御用達の“北の鉄砲師”山崎和仁(仮名)に羆撃ちにおける銃と射撃の要諦についてインタビューしていた最中の「雑談」でのことだ。
「彼はね、犬を使うんです。それがまた見事な犬でね。もちろん本人の射撃技術も天下一品なんだけど、あの犬とのコンビはそれこそ『史上最強』と言ってもいいんじゃないかな」
山崎は、まるで眼前に彼らの雄姿を見ているかのような口調でしみじみと語った。山崎自身、射撃指導員の資格を持つハンターであるが、そういう人が語る名ハンターの逸話ほど胸躍るものはない。取材後、山崎の紹介で「その人」に早速連絡をとったことは言うまでもない。
そしてこの日、私は道東の玄関口、中標津空港から車で約90分をかけて、羅臼にやってきたのである。(全3回の1回目/#2に続く)
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命がけの「トド猟」
「いやぁ、そんな面白い話ができるかどうか」
私が宿泊した羅臼のホテルのロビーに現れた中川正裕は、笑いながら名刺を差し出した。そこに書かれた肩書はこのホテルの「代表取締役」。現在は息子に譲ったが、数年前までは支配人も務めていただけあって、その物腰はハンターとしては異例なほど柔らかい。
「裏の『小屋』で話しましょう」と言って案内されたのはホテルの裏手にある「秘密基地」然としたログハウスで、2階の10畳ほどの部屋の壁には銃や銛などがかけられ、銃弾をハンドロード(手詰め)するための工具や機械類が揃っているが、いずれも整頓されており、その几帳面な性格をうかがわせた。
現在70歳の中川が初めて銃を持ったのは22歳のときだった。
「土地柄が羅臼なもんだから、トド撃ちから始めたんだ。普段からトド撃ちやっている人を間近に見て、『うわぁすげえ』と思ってたから、仲間に入って、いろいろ教えてもらった」
北海道においてはトドが漁網を破って中の魚を食い尽くしてしまう漁業被害が深刻で、その被害額は羅臼だけでも年間1億円以上に達する。そのため古くから害獣駆除としてのトド撃ちが盛んである。そういえばドラマ『北の国から』で、主人公の黒板純が、内田有紀演じる結との結婚の承諾を得るために、その義父であるトド撃ち猟師の「トド」(唐十郎)を訪れたのが、まさに羅臼の町だった。