中川も最初の5、6年は修行期間という意味もあって、ほぼタダ働きだったというが、やがて自前で中古の船を買い、船頭仲間を作って、自分でトド猟に出るようになったという。
通常、トド撃ちは「船頭」と「ハンター」の2人1組で船に乗り込んで行う。トドは船が近づいてくるのを1キロ先からでも察知し、さらに近づくと一斉に海中へと潜る。そのため船頭はトドをなるべく水深の浅い海岸方面へと追い立てるように船をコントロールし、海中深くまで潜るのを防ぎ、ハンターは息継ぎのためにトドが海面に顔を出す瞬間を狙う。いったん海中に潜ったトドがその後、どこに顔を出すかを見極めるのが船頭の「腕」であり、さらにその一瞬を逃さずに仕留めるのがハンターの「腕」である。ときには銃弾を食らったトドが船をひっくり返そうとしたり、船べりに嚙みついてきたりと死に物狂いの反撃に出ることもある。大きいものだと体重1トンを超えるトドの抵抗は、ハンターにとって命の危険に直結する。
ちなみに中川がトド撃ちに出るとき、船頭を務める「相棒」は、隣町の標津町在住で“現役最強の羆ハンター”との呼び声高い赤石正男である(赤石についてはこちらを参照)。中川は赤石をこう評する。
「スゴいよ、あいつは。何と言っても野性的勘が働く。クマでもトドでも、相手の動きを読むんだ。こういって、こういくぞって、その通りに獲物が動く。あれはかなわねえな」
中川と赤石は同い年であり、ともにこの世界で知らない者はいない「羆撃ち」だが、そのルーツは20代の頃からともに切磋琢磨してきた「トド撃ち」にあったのである。
トド撃ちとヒグマ撃ちの「共通点」
「トド撃ちってのは、非常に高度な技術がいるのさ」と中川は、その難しさを語る。
「まず海中でのトドの動きを予測できなきゃいけない。そして揺れる船の上でライフルを構えて、波間に一瞬だけ浮かぶトドの頭を狙って撃たなきゃいけない。仮に撃てたとしても、一発で即死させちゃうと、あっという間に海中へ沈んでいってしまって、回収できないんです。これが一番の問題だったね」
駆除したトドは回収して食肉加工場に持ち込めば、肉として「そこそこの値段」で売れる。だが海に沈んでしまっては一銭にもならず、むしろ船のガソリン代などでアシが出てしまう。いかにして仕留めたトドを海中に沈まないうちに回収するか――その難題を解決する方法を中川は独自に編み出す。