彼の楽屋をノックし……
彼の楽屋をノックし、入っていった。
ノグチの口からお願いがあることを伝えた。言ってほしい言葉があると。
その言葉を見せた。
彼はその言葉をじっと見つめた。
彼がそれを見つめているとき、胸が張り裂けそうだった。
僕らはなぜその言葉を言わなければいけないのかを話さなかった。言えなかった。
すると、彼は、その目を僕らに向けた。
そして言った。
「わかった」
と、一言だけ。
彼は分かっていたはずだ。自分がその言葉を言うことでどうなるのか?
この言葉を誰が言わせようとしているのか?
理由も聞かなかった。
そして、僕らが彼の優しさに甘えて、お願いをしに行ったことも。あの目は全部分かっていた。
なのに。なのに、「わかった」と言ってくれた。
自分が言わなければそれを誰かが言わなければいけなくなる。
それも分かっていたはずだ。
彼は。すべてをわかって。
わかった
と言った。
【2016年 1月18日 午後10時15分】
たった数分の放送だった。
スタジオのサブはいつもなら生放送が終わった瞬間「お疲れさまでした」という言葉が響くのだが、それはなかった。静寂。(中略)
その放送にスタッフとして、放送作家として参加した僕も戦犯である。
だから。
僕はテレビ番組を作る人間として。あの時。終わったのだと思う。死んだのだ。
◆
20年以上かけて築き上げたものが一夜にして崩れた。そこから物語は番組最終回へと展開する。新しく収録された、最後の歌唱。そこに主人公は、ひと筋の希望の光を見出すのだった——。
鈴木おさむ氏による「小説『20160118』」は、「文藝春秋」2023年1月号(創刊100周年新年特大号・12月9日発売、「文藝春秋 電子版」では12月8日公開)に、20ページにわたり掲載されている。