認知症を患った母とその息子を描いた映画『百花』。作中で母親役を演じた原田美枝子さん自身も昨年、認知症の母を看取っている。月刊「文藝春秋」2022年10月号「原田美枝子『百花』黒澤明と増村保造の教え」より一部を転載します。

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「あたしね、女優やってるの」認知症の母が…

 今思えば、映画『百花』の出演は昨年他界した母の一言がきっかけになっているような気がします。

Ⓒ2022「百花」製作委員会

 母・ヒサ子に認知症の症状が表れはじめたのは、10年ほど前、80歳を過ぎてから。銀行のキャッシュカードの暗証番号が分からなくなることが何度か続いたことがあって。そんなある時、体調を崩して入院したことがありました。そこで突然、母が病室のベッドで言ったのです。

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「あたしね、15の時から女優やってるの」

 私はとても驚きました。「いや、それはお母さんじゃなくて私のことでしょ」と内心思いつつも、あまりに自然な言い方だったので「そうなんだ」と返事しました。

 その後、介護施設を訪ねたときに「今日、何してたの?」と聞くと、「取材」とか「みんなとお芝居やっているの」などと返事が返ってきて。母がなぜ、自分のことのように娘の人生を語りはじめたのか、考えをめぐらす日々が続きました。

 子どもの頃、母の生い立ちを聞いていましたが、自分のことで精一杯で、母のことをあまり深く考えたことはありませんでした。

 私は中学生で観た映画『小さな恋のメロディ』に魅せられ15歳で映画の世界に飛び込みました。母にはずいぶん心配させたと思います。若い頃の私は傲慢でワガママ。きっとたくさんの愛情で見守ってくれていたのに、「もういいから! お母さんは黙っていて」と、邪険にしたこともありました。近年は子育てを終えたことで、母と向き合う余裕ができたのかもしれません。

 母の一言をきっかけに私は母を知る旅に出ることになりました。

 特にやって良かったことは写真アルバムの作製です。両親の写真を集めてみたら段ボール2箱分はあって保管していても全部は見ないかもしれないなと。

 そこで、各時代のベストショットを選び、時系列に並べた1冊のアルバムを作ってみました。すると、両親の子ども時代から結婚して歳をとるまでの軌跡を、大河ドラマを観るように振り返ることができて。母をひとりの女性として客観的にみる貴重な体験になりました。