ファンの悲壮な顔に愕然とした
――来年70歳を迎えられる達郎さんですが、コンサートではファンに「みんなかっこよく年を取っていこう」と呼びかけるのが、近年の恒例になっているようですね。
山下「ちゃんと健康管理して、身体と心を平穏に、という呼びかけです。僕は、お蔭さまで体は丈夫です。タバコは35歳でやめたし、歯もいまだに自前。8020も夢じゃない。まずは健康第一、それが大前提。
と同時に、『後半生をどう生きるべきか』という哲学的な問いも、あの言葉には込めています。2008年のリーマン・ショックの後、コンサートを観に来てくれるお客さんの顔つきに愕然としたことがあって。特に男性ですね、表情に悲壮なものがありました。そんな人たちを前にすると、お互い頑張って生きていこうよ、という以外に言葉が出ない。
その人なりの夢を手放さずに努力を続けることが難しい時代になって久しいですよね。バブル時代には、それこそ『夢を持とう』『壁を乗り越えていこう』の大合唱だったのが、今や経済格差は拡がるばかりだし貧困だって見過ごせない。夢を持つどころか、『俺なんかが頑張ったところでやれるわけない』というシニシズムに陥りかねないわけです」
次の世代に返してやらなきゃならない
――震災があり、直近ではコロナによるパンデミックがありました。老いも若きも生き抜くことに困難を感じる時代がずっと続いています。
山下「音楽業界も同様で、若い人が音楽で食べていくことが、ものすごく難しい時代になってきました。昔だったら音大を出て、中学や高校で音楽教師をやることで生活の糧を得る。そういう最小限のセーフティネットがあったのが、今は少子化でしょ。教えるといったって、そもそも子供がいないんだから教えようがない。オーケストラが狭き門なのはもとからなので、音大を出ても職がない。結果、音楽行為をする人間の数がどんどん減っていくという、負のスパイラルが続いているんです。
そういう時代に、じゃあベテランと呼ばれる立場にいる人間は何をするべきか。同世代同士、懐古的でもなく、傷のなめ合いでもなく、未来へ向かってどういう音楽を行為して行くか。昔は良かった、というような懐古主義が嫌いでね。僕自身、若い頃に『今時の若いやつは〜』みたいな決まり文句を浴びるほど聞かされたので、自分が年取った時、それだけは言うまいと心に決めてきた。還暦を過ぎた頃から、余計にそう思うようになりました。
ジェームズ・ブラウンの有名な言葉で“自分はどん底から這い上がってきた。今度は次の世代にそれを返してやらなきゃならない”というのがあるんですが、要はジイさん、バアさんになった時に、次の若い世代に向けて果たすべき責任があるということ。僕が自分のバンドのサックスやドラムに若い人材を起用しているのにはテクニックの問題だけでなく、そういった理由もあるんです」