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泉(菅田さん)の胸で号泣していました

 私は仕事で介護士さんに任せきりで母の面倒をみられず、罪悪感がありました。でも、母が施設内で皆さんの癒やしになっていると知って、ひとりでお家にいるより良かったかもしれないと、私も救われた気持ちになりました。

 認知症は悪いことばかりじゃない。逆に認知症のおかげで良い方向に転がることもあるんだなって。いろいろと思い残すことはありますけど、親のことをちゃんと知って見送ることができて良かったです。

 そして有難いことに、『女優 原田ヒサ子』は8月20日からネットフリックスで独占配信されるようになりました。

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 チラシなどにも使った映画のメインビジュアルは、母が一番お気に入りだった色留袖の着物を着て撮った写真です。撮影当時、久しぶりに着物に身を包んだ母は、グンと気持ちが上がってとても華やいだ表情をみせてくれました。9月からは香港や台湾での配信も決まりました。亡くなってから花が咲きはじめていてなんだかイタリアの画家モディリアーニみたい。しかも、いきなり国際俳優デビューです(笑)。

 正直、『百花』の撮影は大変でした。記憶を失っていく姿をリアルにみせる60代と20年以上若いころの百合子の両方を演じるなど、いろいろなチャレンジがあり、冒険でもありました。

 でも、何がつらかったって川村監督からなかなかOKが出ないことです。本作品はワンシーンをワンカットで、長い間ずっとカメラを回し続けて撮るから具体的な修正点を言ってくれないと改善しようがない。なのに彼はじっと黙っていて、ただ「もう1回」と繰り返すばかり。撮影スタイルにこだわり過ぎたら絶対に失敗するでしょ、とも思って。「私の何がダメなの」と、何度も食ってかかりました(笑)。

Ⓒ2022「百花」製作委員会

 監督は、目に見えているもの以上のものを写しとろうとしていたのだと思います。百合子は母親であると同時にひとりの女性でもあり、世間の一般常識では許されない行動をとります。その善悪だけでは割り切れない心の機微を表現するのはとても難しいことでした。監督は、人間の心の奥底から滲み出てくるものを丁寧にすくいとろうと、本当によく粘っていたんです。

 長野県諏訪湖で泉と花火を見るシーンの撮影もなかなかOKが出ませんでした。もうヘトヘトで肉体的にも精神的にも限界を迎えて。ふと空を見上げたら、溝口健二監督、黒澤明監督、私の恩師である演出家の増村保造さんが見守ってくれているように感じました。半分向こうの世界に行っていたのかもしれません(笑)。それで、あ! 頑張ろうと思って、もう1回撮影したらOKをもらえました。カットがかかった瞬間、泉(菅田さん)の胸で号泣していました。

原田美枝子『百花』黒澤明と増村保造の教え」全文は、「文藝春秋」2022年10月号と「文藝春秋 電子版」に掲載しています。

文藝春秋

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『百花』黒澤明と増村保造の教え