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新人賞を獲る前に亡くなった父。個人的には満たされないものがある

――昨日の会見では、書き進めているうちに、自分が政次郎ではなく賢治に重なっていったとおっしゃっていましたね。

門井 そうなんです。政次郎の話のつもりで書いていたら、途中からむしろ「僕は賢治ではないか」と思い始めてしまって。僕も長男で、社会的能力がなく、父が会社をやっていたけれど跡を継がず、原稿を書いては新人賞に落ちてばかりいましたし。まさにダメ息子とは僕だと、書きながら気づきました。最初から気づけって話なんですけれど(笑)。

 でもそれは決して悪いことではなくて。そう気づいた時から、テーマが父の話から父と子の話、親と子の関係性の話になったんですね。個から入って関係の話へと続いていくのは長篇小説のある意味王道です。僕がダメ息子であることは甚だ残念な事実ではありますが、この小説にとっては残念ではない、というふうに思っています。

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――こうして直木賞も受賞されて、全然ダメ息子じゃないですよ。

門井 今はそう言えますけれども。結局僕の父は、僕が新人賞を獲る前に亡くなっちゃったので。つまりダメな僕しか知らないまま、あの世に行ってしまったんですね。そこに父親に対する申し訳なさもあります。まあ、言ってもしょうがないことではありますが、個人的には満たされないものがある。でもたぶん、満たされないものがあるから、人間はまた次に頑張るんでしょうね。

 

――ダメ息子同士、賢治側に共感する部分はありましたか。自分のやりたいことを追求する部分とか……。

門井 共感したというよりは、共感せざるをえなかった部分は多々ありました。今となってはきれいな話であっても、一番底にある部分は道徳的に善とは言えないと思うんです。社会で必要とされているものより自分がやりたいことを選ぶというのは、僕は決して美しい心理だとは思いません。それは宮沢賢治であっても、門井慶喜であっても、誰であっても同じです。そういう善ではないもの、でも誰もが心の中に持っているものを、紙の上に文字として定着させる。そういうことが小説の機能というか役目というか、目的かもしれません。

――ご自身の息子さんたちが賢治みたいになったらどうされますか。

門井 はぁ……(深い溜息)。今、一番上が中3なんですが、将来大きくなって僕に「人造宝石の会社を作りたいから、お父さんの印税をくれ」って言うなんて……。それは考えたくない未来です(笑)。

僕はいつも、書かなければいけないと思うから書いている

――あはは。今ちょっと思ったのですが、門井さんは「自分が書きたいから書く」というより、書く意味や意義をかなり意識して書かれているのではないですか。

門井 ああ、それはおっしゃる通りですね。僕は新人賞に応募していた時代から、書きたいから書いているという瞬間は一瞬もなかったと思います。僕はいつも、書かなければいけないと思うから書いている気がします。大袈裟に言うと日本の文化のために、日本の文明のために、ということになるんでしょうけれど。そこまで言わなくても読者のため、誰かのために役立つからこれは届けなきゃいけない、届けるのはお前しかいない、だからこの仕事をしなさい、というふうに自分で自分に義務を課している。それが僕にとっての書く行為だというところはありますね。

 

――ミステリや歴史小説などさまざまな作風、テーマの作品をお書きになりますが、共通するのはやはり“歴史”ですよね。それもやはり、歴史を書くことは誰かの役に立つから、という思いからですか。

門井 歴史の中には現代がいっぱいあるんですね。そのことを意識すると歴史はすごく面白いんですけれど、意識しないと単に知識の羅列、数字の羅列になる。僕も知識の羅列には興味がなく、そこに現代があるから面白く感じているんです。そういう意味では僕にとって、歴史小説や歴史に材をとったミステリというのは、まさにぴったりのツールなわけです。歴史から現代を引っ張ってきて、現代の読者に届けるわけですから。