「おらおらでひとりいぐも」では、「桃子さん」と子どもたちとの関わりもつぶさに描かれていく。
理由もなく疎遠になった娘との距離が、最近縮まったことに喜んだのも束の間、ちょっとした行き違いであっけなくまた広がってしまう。
息子とも離れて暮らし、以前に息子を騙る電話に引っかかりオレオレ詐欺にも遭っている。
読者には「桃子さん」の内面の声がよくわかるだけに、いっそう切ない。
そうして、「桃子さん」は、思いを吐露する。
〈ほんとは子供より自分がだいじだったのだ〉
親子関係についての本音が漏れて、誰しもドキリとさせられる。
「そういう言い方って、いわばタブーのようになっていますよね。日本の社会では、自分のことなんかよりもとにかく子どもが大事。それが親心だというのが常識になっている。
でも本当は、『子どもよりもまず自分』じゃないですか? そのほうが結局は子どもにとってもいいことになる。だって、お前のために私は生きているだなんて親に言われたら、子どもは負担に感じます。お前だけが大事だと言い過ぎることは、子どもの生き方、考え方、選択肢を狭めてしまう気がします。
本当は自分のほうがずっと大事だという桃子さんの姿勢のほうが正しいし、子どもにとってもいいんだと信じて書きました」
なるほどそう説明されれば納得なのだが、そうした本音も現役の子育て世代はなかなか口にしづらいもの。「桃子さん」のような老齢に達したからこそ言えることではないか。
「そうなんです。人生でいろんな経験をして、自分の肌で感じてわかってきたことだから大胆に言える面はあると思います。おばあさんって、捨て身になれるんですよ。社会や家庭に対する役割を外れて、世の中から何かを期待されることもなくなってくる、そうすると制約なんてなく吹っ切れた感じになれます。
私は私に従えばいいんだ、私の考えで人生観や哲学を語ればいいんだとはっきり自覚できる年代に、桃子さんは足を踏み入れているわけです。
老境になって得られる、孤独ではあるけれど自由な感覚。そのあたりを私は小説にしていきたい」
おばあさんだからこそ言えることがある。若竹さんにそう力強く断言してもらうと、「桃子さん」の同世代や、老いを意識する年代には心強いかぎり。
「今の若い人は違うかもしれないけれど、私たちの世代は『~ねばならない』という考えのもと生きてきたところがありますからね。自分は常に一歩引いて夫に従い、家庭の幸福を第一に考えるのがふつうだと思ってきました。
いつのまにか課せられていたそうした枷を取り払ってあげたら、おばあさんは何をどう考えるものなのか。そこは本当におもしろそうで、それだけをテーマにしても、これからずっと小説を書いていけるんじゃないかと思っています」