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「そういえば、遺体のニュース、見たか?」

 3月下旬、看護師国家試験の合格発表があり、あかりは無事合格していた。

 3月分の生活費を受け取りに訪れた父に合格を伝えると、父は多くを語らなかったが、はにかんだような、ほっとしたような笑みを浮かべた。

 そのあと、ふと真顔になり、こう口にした。

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「そういえば、遺体のニュース、見たか? この近くだから、あかりも気をつけて」

 あかりは小さくうなずいた。

 父が帰り際、家に停めてある軽自動車に目をやると、車体にうっすらと砂埃が積もっていた。髙崎家唯一の運転者である妙子が亡くなった1月20日以降、車は一度も動いていなかったが、父はそのことを知る由もない。

 その後もあかりは、母を装って父とメールのやり取りを繰り返している。母の59回目の誕生日の4月10日に父から届いたお祝いメールには、「何とか元気にやっています♪来年はいよいよ還暦です」と返信した。

 その間にも、あかりの身辺に着実に警察の捜査の網が忍び寄っていた。あかりはこう書いている。  

 もっときちんと体幹部を隠せばよかった、という後悔と、母を殺害した事実がバレるのではないかという恐怖と、どうにか逃げ果(おお)せないかという足掻きと

 遺体が発見されて以降、メディアの報道量も目に見えて多くなり、あかりは目についた新聞記事を切り抜いて保存した。

 新年度の4月1日から、あかりは病院で看護師として働きはじめ、平日は寮で生活し、週末だけ実家に帰る生活が始まった。寮は大学病院の敷地内にあり、2分ほど歩けば病棟に行ける。自宅や遺棄現場からは離れ、もう新しい生活に気持ちが向いていた。ポン太と銀次は、平日はペットシッターを頼み、面倒を見てもらっていた。

 遺体の身元が髙崎妙子・58歳と判明したのは、発見から2ヵ月が経った5月17日である。

 あかりの対応に不審を抱いた守山警察署の捜査本部は、母・妙子が以前しばしば利用していたスーパーマーケットの防犯カメラや、店員らの証言を集め、1月19日ごろを境にその姿が見えなくなっていることを把握していた。発見された体幹部は髙崎妙子の可能性が高いとしてDNA鑑定を実施した結果、はたしてその推測が当たっていることが分かった。

 それから約2週間後の6月5日、滋賀県警は逮捕状を請求、あかりは逮捕された。逮捕容疑は死体遺棄だった。