振り返れば、長男の岸田翔太郎を政務担当秘書官に抜擢したのもしかり。支持率低下が加速し始めていた10月、なぜそんな人事に踏み切ったのか。真相は「政務秘書官を務めていた山本高義を事務所に戻し、代わりに翔太郎が政務秘書官になる人事を、約1年前から決めていたから」(官邸筋)だという。要するに、首相就任1年後に翔太郎を官邸入りさせることが既定路線だったから、その予定通りにしただけというわけだ。支持率低下の局面でこんな親バカ人事をしたら世間がどう受け止めるかさえわからない、岸田の鈍感ぶりを示すエピソードである。
反故にされかけた安倍の「遺言」
戦後の安全保障政策の大転換となる防衛三文書の見直しや防衛費増額の問題でも、岸田は右顧左眄を繰り返した。
「これは安倍(元)総理の最大の遺言なんだ。私は一歩も譲らないから、みんなもそのつもりで頑張ってくれ」
自民党政調会長の萩生田光一は初秋、所属する安倍派の議員にこう説いてきた。安倍の遺言とは、日本もNATOの国防予算と同じくGDP二%以上を達成するということである。岸田政権も五年以内にその実現を目指すと追認。岸田は「防衛力の抜本的な強化」を米大統領のバイデンとの会談や所信表明で宣明してきた。
だが、萩生田は楽観していなかった。安倍の遺言を換骨奪胎しようと画策する財務省が、岸田を抱き込みにかかっている――そう睨んでいたのである。
実際、事態はその見立て通りの軌跡を辿った。政府は財務省の主導で9月末に「国力としての防衛力を総合的に考える有識者会議」を設置。岸田はその会合で、これまでの防衛費とは別枠で研究開発などの安全保障関連予算を一括計上する新たな枠組み「総合的な防衛体制の強化に資する経費(総合防衛費)」を創設する方針を表明した。
岸田派(宏池会)は伝統的に財務省に近い。一連の動きは、安倍路線に沿った防衛力強化を掲げながら、実際には岸田が財務省のお膳立てに乗る真逆の姿勢であることを浮き彫りにした。
国力や総合防衛力と言えばもっともらしく響くが、萩生田らは「実質的な防衛費を抑制するために、他省庁の予算を『防衛関連経費』だと強弁して、2%に持って行くまやかし」と見破っていた。防衛省が積算した向こう5年間の純粋防衛費は48兆円余り。これに対して、財務省の純粋防衛費は約33兆円で、これに総合防衛費など10兆円を上積みして、43兆円が防衛費になると水面下で説いて回った。(文中敬称略)
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月刊「文藝春秋」の名物政治コラム「赤坂太郎」全文は、「文藝春秋」2023年1月号と、「文藝春秋 電子版」に掲載されている。
迷走の岸田、野望の茂木