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「まだもう指1本ぐらいなくしたって、やっていける」 難病で3本の指が壊死しても、74歳の陶芸家はなぜろくろを回し続けるのか

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夜中にせん妄「あいつが来ている」

 それでも結局、脳に異常は見つからなかった。さらに異変が起きたのはその晩のことだ。

「夜中の2時か3時。急に『あいつが来ている』と怯え出してね。せん妄が出た。でもね、なるほどなと思ったんです。シゲさん普段は何も言わないけど、人の好き嫌いとかを、溜め込んでたんだなって思って。面白かったの」

 溜まっていた澱を、少しずつ吐き出すようなシゲさん。じっと側で聞いてやるユリさん。2人きり。静かな、静かな夜だった。

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居間でくつろぐ森岡夫妻

「大きな窯が何列も並んで一斉に窯焚きしている光景も見た。そりゃ綺麗で。もう1度見たいぐらい」

 とシゲさんが幻覚を振り返れば、周囲も笑う。2人の話には不思議な明るさがあった。

 しかし、数カ月経っても、瞼は殴られた後のように腫れたまま。長く目が開かない状況が続いたため、内斜視気味になり視力も低下してしまった。結局、コロナ禍で2年ぶりの大窯の火入れは、ユリさんが切り盛りすることに。

「本当は悔しいだろうけどね。いま無理して目の炎症がまたひどくなったりしたら、ろくろにも影響が出るから。いまは私がついて、焼いてやっからって言えるから」

窯場を切り盛りする由利子さん

「生活に根付いた器」を作る工人でありたい

 個人の作家では最大級の巨大な穴窯。最も火力が強い時、窯の温度は1200度以上まで上がる。

「シゲさんがどんな風に焼いてほしいかは、手に取るようにわかる。大事に焼いてやりたいんです」

 若い頃は、シゲさんが夜の0時から正午まで、ユリさんが正午から夜の0時までを担当し、昼夜交代、炎と格闘し続けた。「こんな楽な窯焚きははじめてや」とシゲさんが言えば、ユリさんが「嫁さんに感謝しい」と笑う。内助の功とも違う。互いを心底信頼しあっているから出る言葉のようだった。

 ユリさんは言う。「この人からいっぱい教えてもらった。この人がぶれなかったから、私もぶれずに自分の成すことを成せた」と。

夫妻の娘である沙羅さんと、窯焚きの手伝いに集まった若い陶芸家たち

 高慢な芸術家ではなく、土にまみれて「生活に根付いた器」を作る工人でありたい。2人はその価値観を共有し、体現する暮らしを日々送っている。

 74歳になったいまも、毎日朝8時半から夕方5時まで、陶芸と向き合い続ける毎日。「最後の日まで仕事がしたい」。それがシゲさんの切なる願いだ。「この人を仕事ができる状態まで復帰させることが、いまの私の最大命題」と語るユリさんの横で、シゲさんもタバコを燻らせながら、ぽつりと呟いた。

「まだもう指1本ぐらいなくしたって、やっていける。それもまた、面白い」

撮影:田附勝

●2回目の結婚で、同じく陶芸家のユリさんに出会った頃のエピソード、コロナ禍で2年ぶりとなった大釜の火入れの切り盛りやシゲさんの幻聴など、全文は『週刊文春WOMAN2023創刊4周年記念号』でお読みいただけます。
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