とんかつの歴史を調べると、東京で生まれ、東京で発展してきた料理であることがわかる。しかしそうは言っても、日本でとんかつを食べたことのない人はおそらくほとんどいないだろう、と思えるくらいに一般的な料理でもある。では、東京以外の地域でとんかつがどう受け入れられ、そして現在どうなっているのか。
まずは西日本最大の街、食い倒れの都である大阪のとんかつ屋を調べてみよう。
茶屋町「小ばやし」は「大阪で最初のとんかつ屋だと思いますよ」
現在、阪急梅田駅からほど近い茶屋町に店を構える「小ばやし」は、創業昭和5年の老舗だ。大将の中村直介さんは「うちが大阪で最初のとんかつ屋だと思いますよ」と言う。
「創業者は店の名前にもなっている小林さんという方で、最初の店は難波の駅前、今の高島屋のあるあたりだったみたいですね。ただ、小林さんが東京からとんかつという料理を持ってきた経緯の話は伝わってないんです。それで、当時の店が戦争で焼けてしまったときに小林さんが田舎に帰るというんで、縁のあったぼくの祖父が引き継ぐことになったんです。そのときは神戸で店を再開したんですが、1959年にはまた大阪に戻ってきて、そこで2012年まで営業していました。そのときは堂山町ですね。わたしは1967年に店に入って、79年に三代目として店を継ぎました。2012年に一旦店を閉めることになったんですが、その後亡くなった父の希望や、お客さんからの要望もあって2016年の3月に、いまの場所で再開しました」
1時間に7枚くらいしかできません
とんかつ伝来の経緯がわからないのはなんとも残念だが、それ以前厚切り豚肉を使ったとんかつはおそらくなかった、というのは確かなようだ。とんかつの広がりは関東大震災以降なので、時期も合致している。
しかし食の街大阪で50年以上同じ場所で営業を続けてきた、そのことだけでもこの店がいかに愛されてきたかの証明だ。そしてその秘訣とも言えるのがこの「小ばやしのとんかつ」なのだ。断面を見ればわかるように、肉はミンチになる手前まで叩かれている。「叩いて仕込むのに時間がかかるんで、1時間に7枚くらいしかできませんね」と中村さん。
これは創業当時からの変わらない作り方だそうだ。食感は叩いているだけあって若干ふんわりしており、脂が抜けてさっぱりしているのにしっかりと濃い味が残っている。とんかつと言われて想像するものより、もっと洋食の風味が強い、と言えばいいだろうか。ケチャップの味がしっかり感じられる自家製ソースも、洋食風にぴったりだ。
ぼくはやっぱり、とんかつはソース
もちろんこの独特のとんかつだけでなく、昨今のとんかつ事情に鑑みた新しいとんかつも用意されており、塩やオリーブオイルだけでなく、大根のタルタルソースなどとんかつをさまざまに楽しめるような工夫がなされている。
「でも今も一番人気は小ばやしのとんかつですよ。昔からのお客さんはやっぱりこれを食べに来てくれますし、うちはずっとこれでやってきましたから。塩やオリーブオイルもありますけど、ぼくはやっぱり、とんかつはソースで食べるのがいちばん好きですしね。新しいお客さんのために新しいものも取り入れていきたいと思っていますけど、変えちゃいけないものもありますから」
創業80年を超える老舗だからこそ、この言葉には重みがあるのだ。