行列のできる店「マンジェ」と占い師
さて小ばやしのような老舗がある一方、昨今の新しいとんかつの流れの中心にいる店もまた大阪にある。大阪の中心からは少し南に外れた八尾市にある、全国でも有数の人気を誇るとんかつ屋「マンジェ」だ。開店前から閉店直前まで、その行列が途切れることはほとんどないだろう。
「店を開いたのは1996年、38歳のときです。それまではホテルでフレンチのシェフをやっていました」と話してくださったのは店主の坂本邦雄さん。しかし、なぜ八尾なのだろう。
「わたしは実は方位方角をけっこう気にするタイプで、店を開く前に占い師さんを三軒も回ったんですけど(笑)、そしたらどうやらこっちのほうがいいらしいということを言われまして。それにほんとにうまい店は、中心からちょっとはなれたこういうとこにポツンとあるんだ、と勝手に思っていたのもありますね」
「それで店の味を決めるにあたって開店前にとんかつ屋さんをいくつか食べに行ったんですけど、やっぱりよそはよそだし、自分が本当にうまいものを作らないといけないと思ったんです。豚は75℃で火が入るんですが、それをちゃんと計算して、中はピンク色だけどきっちり中まで火が通ってるとんかつでいこう、と。塩もブランド豚はトリュフ塩、ほかのものには7種の塩のオリジナルブレンドしたものをお出ししています。塩とオリーブオイル、それにタルタルソースと、何をつけるかで全然味わいが変わってきますよ」
大阪にも「とんかつニューウェーブ」が来ていた
ピンク色のとんかつ、塩などソース以外での提供は、先の「小ばやし」など今でこそいろんなお店で見られるが、このお店の開業は1996年。この当時、ほかにはまずないものだったはずだ。さぞ開店当初から評判になったのだろう。
「いやいや、ここまでお客さんが来てくれるようになったのは10年前くらいからかな。それまではそれなりに食っていけるなぁというところだったんですけど、10年前くらいから少しずつお客さんが増え始めて、7、8年くらい前からまたぐっと増えた感じですね」
7、8年前というと、東京でも高田馬場の成蔵や神楽坂のあげづきができた時期だ。とんかつニューウェーブの勃興とピタリと一致する。
なにはともあれ、まず食べてみよう。まずは手前の特上ヘレカツだ。衣は見た目どおりさっくりしている。がトリュフ塩がふわっと香り、グッと噛むと柔らかく、しかし歯ごたえも十分。食べるとわかるが、やはり芯までしっかり火が通っている。
イベリコの方はと言うと、やはり濃い。脂も赤身も特濃だ。ただとろけるような感じではなく、ブリッとした肉を食べてる感じが強い。さらにこれだけ濃いとしつこさを感じると思うかもしれないが、食べ方のバリエーションも数多くあり、嫌らしさや食べにくさといったものはまったくない。坂本さんが「出てきた時に、うわ多い! とおっしゃる方でも、みなさんペロッと食べてしまいますね」と言うのもうなずける。
とんかつの多様性を認め合う街・大阪
どちらにも共通して言えるのは、昔ながらの上質なとんかつの風合いを残しつつ、今風のとんかつに仕上がっているということだ。
「いやほんとうに自己満足しているだけなんですよ」と坂本さんは言うが、フレンチ出身であることを活かしつつまだ誰も作っていないとんかつを求めたマンジェこそが、とんかつニューウェーブに先鞭をつけたのかもしれない。
大阪にはたしかに戦前から続くようなとんかつ屋は少なく、いまの東京のような群雄割拠している状況でもない。しかし、とんかつの歴史を語るのに不可欠な店があり、とんかつの新しさを見出すような店もある。
大阪は食の都だ。とんかつにおいてもまた、さまざまな価値があふれている街なのだ。
写真=かつとんたろう