水野は取り調べで臼井の過去の後ろめたい案件を複数持ち出して、この案件を公表されたくなければ自分に協力するよう暗にプレッシャーをかけている。これも特捜検察が取り調べの際に必ず用いる常套手段だ。水野は臼井の取り調べでいったい何を持ち出したのか。公判での臼井と弁護人とのやり取りを再現してみよう。
弁護人 取り調べで検察官からなにか圧力的な言葉を掛けられたことがあったのか。
臼井 (入試の際に縁故受験生の保護者から受け取った)謝礼のところなんかでは「検察と国税はツーツーカーカーなんだよ、いろんなことがすぐわかるんだよ」などと、なにか(私が)脱税しているようなことを言われてドキッとしたことがありました。
弁護人 あなたが東京医大学長の際に表面化したファミリービジネスの件も持ち出されたのか。
臼井 はい、私が学長になる前に親族がやっていた会社の役員をしていて、その会社が私の医局の関連の病院と取引したことが非常にグレーだと問題視された件を検察官が持ち出したので、「検察はいろんなことを知っていて非常に怖い」と思いました。検察官の主張どおりに供述しないと逮捕されたり、起訴されたりするんじゃないかと。
弁護人 東京医大が16年の創立100周年に合わせて行った新病院の建設工事に関連して、東京地検特捜部は建設会社の選定に関して大学を捜査した。あなたもその際に取り調べの対象にされたのか。
臼井 はい。
弁護人 そうした過去の新病院建設工事の話も、今回の取り調べで検察官から持ち出されたのか。
臼井 明確にそのことを言われたのかどうかはわかりませんが、その件を暗に指しているようなことは言われました。
弁護人 そうした話題を持ち出されてどのように感じたのか。
臼井 そういう終わったことを出されて嫌だなと思いました。
弁護人 あなたにとって圧力と感じられる、そうした雑談めいた話は、取り調べが始まってどの程度経った頃に出てきたのか。
臼井 最初のほうです。3日目くらいから出てきて、私が喋ることを渋っているとそんな話が出てきました。
弁護人 検察官に逮捕される可能性について聞いたことがあるのか。
臼井 「逮捕されるのですか?」と尋ねた時に、曖昧な言い方ながら「普通だろ」と言われた気がします。私は「話し方次第では逮捕されるかもしれない」と受け止めました。
取り調べで感じるこうしたストレスは臼井に非常に重くのしかかった。取り調べられた日には基本的に弁護士の事務所に立ち寄って対面で報告することにしていたが、帰宅時に気分の悪い日もあり、事務所に行くのも嫌になって東京地検から自宅に直帰することも多かった。当時の自身の心境について、臼井は公判でこう述べている。
「検面調書は一日の取り調べの終わりの頃に作っていましたが、鬱症状や睡眠導入剤の影響もあり、水野検事が私に検面調書の内容を読み聞かせる手続きをとる頃にはかなり疲労困憊して、本当に文字を追うことさえ結構つらく感じました。
とにかくその場では集中力がなかった。おかしな言い方になりますが『もうこれでいいや』とか『面倒くさいや』とか『早く終わってしまえばいい』という感じで、要は早く終わらせたほうが良いと思って進めていました」