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認めなければ起訴される

 臼井が取り調べの際に直面した問題はこれにとどまらない。

 東京医大の顧問弁護士事務所「田辺総合法律事務所」から紹介された同法律事務所出身の弁護士には刑事事件を弁護した経験がなく、特捜検察の取り調べの手法や、自身の検面調書の取り扱いに関する適切なアドバイスを受けられなかったばかりか、「検察官の言うことをよく聞いて、協力して、『はい、はい』と答えておきなさい」などと指示されて、臼井は通の検面調書に署名押印を続けた。臼井は公判で次のように話した。

「そもそも私が署名押印した検面調書は私自身の関係だけでなく、佐野さんや谷口さんの関係でも証拠とされ、それで佐野さんや谷口さんが逮捕される。そうした証拠の関係性について、私は取り調べ時点でなんら理解できていませんでした。捜査段階で検察官が嫌疑を抱いている贈賄罪の内容、構造、仕組みなどについて弁護人から明確な説明を受けた記憶はなく、贈賄罪は悪いことだとかその程度の話です。私が佐野さんとの関係で行ったどの行為が犯罪に当たるのかの説明もなく、こちらから尋ねることもありませんでした」

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 それどころか、端から事実関係を争わず起訴猶予狙いの弁護士は臼井の取り調べ期間中、臼井の妻に「検察官に協力して、聞かれたことに『はい、はい』と答えなければ逮捕される可能性もある」と話した。帰宅後に妻からこの話を聞かされた臼井は、「喋らなかったり、調書に署名しなかったりしたら、逮捕されたり、起訴されたりすることがあるかもしれない」と考えるようになった。

 それ以降、臼井は以前にもまして、迎合的に水野の取り調べに応じるようになっていく。そうすれば起訴猶予処分を得られると信じていた。それに不正入試が社会的に非難されるのはわかるとしても、犯罪に問われるとは思えなかった。

「私としては(佐野の次男の賢次に)東京医大に来てほしいと(思っていました)。相応しいから来てもらいたいと思う人に加点することは時々あるので、それが間違っているとか、おかしいことだとは思いませんでした。(ブランディング事業の件でも)単にお願いしたということで、どうして私が取り調べられるのかな、どうしてこんなことになるのかなと、いつも考えていました」(公判での臼井の供述)

 つまり臼井自身は「自分は起訴されるほどのことはしていない」と考えて、事態を楽観的に捉えていたのだ。臼井はさらにこう続けている。

「『(取り調べで検察官に協力しなければ)逮捕されるかもしれない』という弁護士の情報は、家内を通じて耳に入っていましたが、(取り調べを重ねても)逮捕されなかったので、『自分は不起訴処分になるのではないか』ともちろん期待しました。(体調不良や連日の取り調べで)疲れていたこともあり、検察官が作成する調書の記載内容を吟味せずに署名押印することに、特に警戒感はありませんでした」

 だが、その期待は裏切られる。検事の水野は、自分たちが描いたシナリオに合うよう、臼井を巧妙に誘導していった。例えば18年7月11日付、同月15日付、同月20日付など複数の臼井の検面調書に登場する「恩返し」という言葉がそうだ。公判で示された具体的な使用例を2件紹介しよう。

「佐野さんには私のほうからお願いして    年度のブランディング事業の申請に関して指導等を頂戴し、実際にブランディング事業の対象に東京医大を選定していただいたので、佐野さんに対する恩返しの意味で、賢次君を確実に合格させなければならないと考えていました」(18年7月15日付)

「佐野さんは18年2月当時は科学技術・学術政策局長、それ以前は官房長という文科省トップクラスの官僚で、私からお願いしてブランディング事業の申請の関係で指導してくださったとの意味で、非常にお世話になって、恩返しをしなければならない恩人で、受験生である賢次君の父親でしたから、私としても佐野さんご本人に賢次君の試験合格をお伝えする気持ちが強かったことがありました」(同)

 臼井によると、検面調書を作成する過程で「『恩返し』という言葉は違う。私が使う言葉でも、文章でもない」と否定したにもかかわらず、水野は聞き入れようとしなかった。とりわけブランディング事業に関する部分で使われている「恩返し」という言い回しに、水野はこだわった。賢次に対する加点について、臼井が「賄賂性」を認識していたかどうかに関わる部分だからだ。

 しかし、臼井がこの「恩返し」の訂正を求めたり、他の部分で追加を求めたりすることは、12通の検面調書のなかで1ヵ所もなかった。各調書の末尾に訂正や追加の記載の申し立てが書き加えられているケースは皆無なのだ。それは臼井が異論を述べても水野が聞き入れる態度を示さなかったこと、そして水野のそうした態度に臼井が諦めを感じて抵抗する気力を失っていたことを意味する。

「検察官に抵抗したり、調書の記載に意見したりすると時間がかかり、帰宅時間が遅くなるという気持ちがなかったとは言えません。『言わないほうが早く済む』と考えて署名押印したことはありました」(公判での臼井の供述)

 自身の検面調書の記載内容が今後の公判にどう影響するのか、臼井には警戒心が完全に欠如していた。