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〈東京医大“不正入試”事件〉「いい線まで行けば、なんとかしますよ」親子は検察に狙われた? その夜、会食で何が話されたのか

『東京医大「不正入試」事件 特捜検察に狙われた文科省幹部 父と息子の闘い』より#1

2023/01/19
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 2018年7月、文部科学省科学技術・学術政策局長の佐野太が受託収賄罪で逮捕された。容疑の内容は、東京医科大学に対して私立大学研究ブランディング事業に関する便宜を図る代わりに、息子を不正に合格させてもらったというものである。

 国民民主党(現・立憲民主党)参議院議員・羽田雄一郎の政策顧問を務める谷口浩司も同じ日に受託収賄幇助の容疑で身柄を拘束されているが、二人にとってこの逮捕は「まったく身に覚えがない」ものだった。

 ここでは、フリージャーナリストの田中周紀さんがこの事件の真相に迫った『東京医大「不正入試」事件 特捜検察に狙われた文科省幹部 父と息子の闘い』(講談社)から一部を抜粋。検察側が「すでに贈収賄罪につながる思惑が存在していた」と睨む、当時の東京医大理事長・臼井正彦と佐野、谷口による会食について、供述と調書の両面から振り返る。(全2回の2回目/前編を読む

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©共同通信社

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会食で話し合われたこと

 佐野はこの時、臼井に自己紹介と話題提供する目的で、自身の履歴書に加えて、(1)母校の山梨県立日川高校(山梨県山梨市)の同窓会報に掲載された自身に関する記事、(2)山梨大出向時に自身が係した活動に関する新聞記事、(3)7月まで成蹊高校野球部のエースだった次男の賢次に関する新聞記事のコピー――などを持参した。

 賢次の野球に関する新聞記事スクラップのコピーは、賢次の活躍が新聞に載り始めた高校1年時からのもので、佐野は随時更新し、鞄に入れて持ち歩いていた。

 会食に同席する谷口が日体大ラグビー部OBで、プロのスポーツトレーナーでもあったため、佐野は「会食ではスポーツの話題が必ず出る」と予想して、息子自慢のために継続して作成してきた賢次関連のスクラップ記事集を持参、臼井との会話がスムーズに運ぶよう準備した。

「私自身も中学では野球部で、大学でも同好会に入るなど、野球は幼い頃からとても身近なスポーツでした。会食では野球の話題が出ることを期待していたし、野球の話をしたいと考えていました。息子自慢の気持ちがあったことは否めず、親バカと言われればそれまでですが、様々な機会に話題として提供し、国会議員とその話になったこともあります」(佐野の公判での供述)

 16年9月8日のこの会食は、検察側によってのちに「第1次醍醐会食」と呼ばれることになる。

 佐野が持ち込んだ日本酒や、運ばれてくるヘルシーな精進料理に舌鼓を打ちながら、佐野のこれまでの経歴や、山梨大出向中の活動内容、さらには大学改革の在り方などがまず話題となり、その後は佐野が予想したとおりスポーツの話題に移った。

 谷口は自身の経歴を臼井にあまり話してこなかったこともあり、大学時代の体験や、スポーツトレーナーとして海外で戦う選手に帯同した体験などを披露した。そんな話の流れのなかで話題が野球に及ぶと、佐野は持参した新聞記事を示しながら、数ヵ月前までの息子の活躍ぶりを紹介。会食は大いに盛り上がった。

 ところで、この会食では、臼井がこの年から公募が始まった16年度のブランディング事業の件を持ち出している。佐野は公判で次のように話した。

弁護人    ブランディング事業は話題に出たのか。

佐野        臼井先生から「ブランディング事業というのを申請しているのですが、どうなりましたか?」と尋ねられ、私は「所管ではないのでまったく知りませんが、学校の特長や個性を生かしてブランドを高めていくのは非常に重要なことです」と申し上げました。実際、この事業については何も知りませんでした。

弁護人    知らないのになぜ話したのか。

佐野        当時の文科省の大学経営の基本方針は、少子化のなかでの大学の重要な役割として、どこの大学も十把一絡げの教育研究を均一に行うのではなく、建学精神を生かして特長ある経営を行うということでした。臼井先生からブランディング事業という言葉を聞いて、そうした文科省の基本政策を推進するための支援の事業であることは容易に想像できたので、今申し上げたような会話になりました。

弁護人    佐野さんがそう話した後はどうなったのか。

佐野    その1回のやり取りで終わった記憶があります。私が「まったく知らない、わからない」と申し上げたので、臼井先生も関係ないと思われたのでしょう。

弁護人    ブランディング事業に関して臼井さんから何かお願い事はされたのか。

佐野    何もされていません。