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〈東京医大“不正入試”事件〉「いい線まで行けば、なんとかしますよ」親子は検察に狙われた? その夜、会食で何が話されたのか

『東京医大「不正入試」事件 特捜検察に狙われた文科省幹部 父と息子の闘い』より#1

2023/01/19

 被告人臼井に対し病院REITに係る営業活動等を行っていた被告人谷口も、被告人臼井の依頼に応じることで、東京医大に対する営業活動を有利に進められることなどからこれを承諾し、被告人佐野に、被告人臼井の前記要望を伝えた。

 被告人佐野は、当時高校3年生であった賢次が東京又はその近郊の私立大学医学部に進学することを望んでおり、東京医大は上位の志望校であったため、理事長の被告人臼井と面談することで、賢次の受験等にあたり有利な取り計らいを受けることができることを期待して、被告人臼井と面談することとし、被告人佐野は自ら、東京都港区内の飲食店「精進料理  醍醐」を予約した。(中略)

 被告人佐野、被告人臼井及び被告人谷口は平成28年9月8日、醍醐において会食をしながら面談した。被告人臼井は、被告人佐野に東京医大が平成28年度ブランディング事業に応募している旨を伝え、同事業の支援対象校への選定に向け、助力等を求めた。

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 他方、被告人佐野は、自らの経歴等に関する書面及び被告人佐野が国立大学法人副学長を務めていた際の活動に関する新聞記事の切り抜きのほか、賢次の高校野球地方大会での活躍ぶりに関する新聞記事の切り抜き等を被告人臼井に手交して、被告人佐野の文部科学省幹部官僚としての経歴、実績等について示すとともに、当時高校3年生だった賢次が高校野球で顕著な活躍をしたこと及び大学医学部への進学を希望しており東京医大も志望校である旨を伝えた。

 東京医大では、東京医大を卒業した医師等の縁故者等から依頼があれば、その子息等の受験生が入学試験で合格最低点に達していなくても、歴代の理事長や学長の判断により、当該子息等の1次試験等の得点に加点して合格させるという優遇措置を講じていたところ、被告人臼井は被告人佐野に、賢次の入学試験の成績がある程度の得点に達すれば、仮に合格点に達していなくても、被告人臼井の判断により合格させることができる旨を伝えた。

 一方、被告人谷口は、賢次を大学医学部に進学させたい被告人佐野とブランディング事業の支援対象校への選定に向け被告人佐野からの助力を受けたい被告人臼井の仲を取り持つことで、その見返りに、被告人佐野から東京医療コンサルティングの事業等に関して有利な取り扱いを受けることや、東京医大において病院REITによる資金調達を採用してもらうこと等を期待し、第1次会食の代金を支払った。

 つまり検察側は、実質的に初めてとなる佐野、臼井、谷口3人による会食の席で、のちの贈収賄罪につながる三者三様の思惑がすでに存在していたというのだ。

取り調べ時の臼井の状況は

 もちろん要旨の内容は佐野、臼井、谷口の公判での供述と著しく異なる。実は検察側の冒陳要旨のこの部分は、臼井の取り調べを担当した東京地検特捜部検事の水野が、18年7月9日に臼井を任意で取り調べた際に作成した検面調書に基づいて作成されている。

 臼井に対する水野の取り調べは18年6月18日から8月12日まで前後28回、また東京医大学長の鈴木衞に対する東京地検特捜部検事の久保庭幸之介の取り調べは臼井と同じ同年6月18日から7月24日まで前後23回にわたって行われた。

 同年7月4日に佐野が受託収賄、谷口が同幇助の疑いで東京地検特捜部にいきなり身柄を拘束されたのに対し、臼井と鈴木は一貫して、身柄を拘束されない任意の状態のまま取り調べられた。しかも鈴木は取り調べ初日の夕方、捜索令状もない状態で自身の執務室である学長室の家宅捜索まで受けている。

 特に臼井は、入試に絡んで受け取った保護者からの謝礼が脱税に当たるなどと仄めかされ、かつ体調不良もあった。

  それゆえ、特捜部長の森本 宏 (司法修習44期、1992年4月任官)と、この事件の主任検事である廣田能英(司法修習50期、98年4月任官)が構築したシナリオに沿った供述をしないと不機嫌になる水野に迎合して検面調書に署名押印を続けた。

 この関係は鈴木と久保庭との間でも同様で、臼井と鈴木は、逮捕・起訴されたくない一心で取調検事に迎合し、佐野と谷口に不利な供述調書を作成され続けた挙句、最終的に自身も起訴されてしまった。