文春オンライン

「防衛費を何兆円か増やしたとして、何がどう変わるのか絵が浮かばない」成田悠輔、東浩紀、先崎彰容、中野信子、三浦瑠麗が「日本の国防」について激論!

大座談会「これが日本の生きる道」

 先崎 僕は防衛関係の人と勉強会をやっているんで、この問題については具体的な関心があります。まず2パーセントというのが象徴しているのは、敗戦以来、軍事力について正面から議論することを忌避してきた日本人が、初めて防衛について考えるようになったということです。安倍元総理が「戦後レジームからの脱却」と言いましたが、防衛政策の転換はその象徴とも言える。

 ただ、当然ながら防衛費増額と財源確保はセットになる。GDP比で1パーセント増額をするならば、約5兆円のコスト増になり、国民の1人当たりの負担はおよそ4万円増えることになります。僕は「安全保障税」みたいなものを入れたらどうですかというふうに提言したい。復興税と抱き合わせで「国土強靱化税」でもいい。政治家は税負担の話をできるだけ隠そうとしますが、安全保障の問題はわれわれ全員が考えざるを得ない問題です。それをわかってもらうには、究極、徴兵制にするか、あるいはお金の面から喚起するのが一番有効でしょう。

先崎彰容氏 ©文藝春秋

 成田 問題に直面させるシンボルとして、わかりやすく「安全保障税」を作るということですね。

ADVERTISEMENT

 三浦 うちのシンクタンクでやっている意識調査で、社会保障のために消費税率をいくらまで許容できるかを調べたところ、平均で10.9パーセントだったんですね。これが自民党支持層に絞ると、12.9パーセントに上がる。たぶん国民はわかっているんです。口先だけの減税を公約したって、税収がなければ何にもできないことを。

 中野 私は先崎さんと同い年ですから、「戦争」という言葉を用いる議論が忌避されがちだったこれまでの時代の雰囲気は同じく感じてきました。そこで議論が止まる。自国の防衛について、全員が思考停止していたかのような時代と比べると、日本は良くも悪くも変わってきています。ただ、身近な国防という水準でいえば、イスラエルは人口1人当たりのシェルター普及率が100パーセントなのに対して、日本は1パーセントにも届かない状況でしょう?

 三浦 国民防護の議論はとても大事ですね。私は日本の防衛に必要なのは、抑止力強化と国民防護をセットで考えることだと思っています。抑止力を強化したとしても、抑止が破綻した時の国民防護がおろそかではいけない。さらに防衛費の議論に足りない視点は、生産的政府支出か否かです。国民防護のインフラ投資の経済効果は公共事業並みですが、防衛関連技術の育成は民生分野に大きな波及効果があります。

 先崎 防衛省は港湾整備や道路の修繕といったインフラ改善を防衛の観点からしたいはずですが、とても言い出せる雰囲気ではないですね。

 三浦 防衛省のコミュニケーション能力が低いので、「無駄金を使うだけじゃないか」と思われてしまう。

 成田 ド素人の一市民からすると、防衛費を何兆円か増やしたとして、何がどう変わるのか絵が浮かばない。そのあたりのストーリーがまったく、少なくとも普通の人には一ミリも伝わってないと思うんです。これはメディアの問題なのか、それとも自民党の政治家の人たちの問題なのかわからないんですけど。

成田悠輔氏 ©文藝春秋

 先崎 防衛関係者たちに言わせると、これだけ防衛が忌避されてきた中で、薄紙を剥ぐようにちょっとずつ、「僕たちも真面目にやってるんですけど」というのをアピールしてきた。でも国民の側からすれば、成田さんが言うように、全然聞こえてこない。隠しながら準備してきたんだから当然と言えば当然です。

 新谷 第二次安倍政権の平和安全法制の制定のときは「戦争のできる国になるのか」とか「アメリカの戦争に巻き込まれる」といった論調が大手新聞でも展開されていました。防衛の問題について、メディアも思考停止している側面があります。

“正義”と“平和”は違う

 成田 むしろ政府は防衛に関する議論を国民に伝えないようにしているんじゃないですか。伝えてしまうと右にも左にもアレルギー反応を引き起こしてしまうかもしれない。だからできるだけ防衛の内実は語らない。なんとなく防衛費を増やすことは大事だという雰囲気だけで世論を誘導するのが正しい戦略だという判断なのではないでしょうか。

 三浦 今までの日本はそれでよかったのかもしれない。ただ、台湾有事の可能性が高まりつつある現在、なおそのアプローチを続けていいのかは疑問ですね。権威主義の大国、中国が目の前で現状変更を志向しているにもかかわらず、「このままでも大丈夫だろう」と思ってしまっているのがこの国の現状でしょう。

 中野 私が恐れるのは、有事に直面したときの国民の反応です。戦争について思考停止していた時間が長いほど、目立つ戦果があがったときに「日本はもっと戦える。やれるんだ」と大規模な熱狂が生まれてしまうかもしれない。それは我々に限らず、どこの国にもあった、いつか来た道なのでは? 少なくとも我が国の歴史でいえばたった80年で人間の本質が変わるとは思えません。

中野信子氏 ©文藝春秋

 東 これまでの議論を聞いて、ひとつ皆さんに伺いたいのは、中国が台湾に侵攻したら、日本はその戦いに巻き込まれるべきなのか。「価値観を共有する国が近隣の巨大な権威主義的国家によって蹂躙されているのだから、連帯し戦うべき」と思いますか。それとも、「私たちはまず自国の平和を守るべきだ」と反応するべきなのか。