文藝春秋9月号より、批評家の浅田彰氏と哲学者で作家の千葉雅也氏の対談「今なぜ現代思想なのか」の一部を掲載します。
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今なぜ「現代思想」が読まれている?
浅田 千葉さんの『現代思想入門』は、難しい問題を扱いながら、読者の手を取って案内するようにわかりやすく書かれてますね。現在9万部だそうだけど、広く読まれているのも納得がいきます。
千葉 ありがとうございます。僕はもともと、フランスの哲学者であるジル・ドゥルーズの研究で博士論文を書いたり、それ以前の学部時代にもジャック・デリダやミシェル・フーコーの著書を読んできました。彼らの思想を相互に絡めながらずっと考えてきたので、今回の本はそんな自分の解釈の総まとめの意味合いもあるんです。
浅田 僕の『構造と力』の出版は1983年のことで、もう40年近く前だけど、今回の千葉さんの本が出た影響なのか、最近増刷されたらしく、累計58刷・16万7300部とか。勁草書房が千部単位で小まめに増刷を続けてくれたのがよかったんですね。
千葉 『構造と力』は、もちろん僕も若い頃に読みました。レヴィ=ストロースに始まる構造主義から、ドゥルーズ=ガタリのポスト構造主義に至るまで、現代思想の複雑な内容を明晰なチャート式で描き出している。かなり難解な部分もありますし、僕は一種の思想書の高みとして捉えています。浅田さんは「ここまで正確に書けるか」と挑発的に書かれた側面もあると思うんですが、それでも、当時の人たちは我先にとこぞって読んだわけですよね。
浅田 いわゆる現代思想に関する当時の翻訳や理解があまりに不正確だったんで、それを修正しつつ整理した。それで僕の意図に反して一種の入門書として受け入れられたのかもしれないけれど。
千葉 今度の拙著の中でも資本主義が発展していく中で、価値観が多様化し、共通の理想が失われた時代、それがポストモダンの時代だと説明しています。そんな時代に生まれた現代思想は、「目指すべき正しいもの」がもたらす抑圧に注意を向け、多様な観点を認める相対主義の傾向がある。現代思想は相対主義的であるというのが今日では批判として言われることもありますが、しかし、相対主義的な見方はかつて非常に解放的なものだったのであり、その重要性は再認識すべきだと思います。