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東浩紀と吉本隆明

千葉 今の時代は戦うべき強固な相手がいなくなってしまったのが実情です。ネオリベ(新自由主義)全開というか、すべてにおいて生産性やコスパを軸にした価値観が遍(あまね)く行き渡った状況になっていて、今さら別の資本主義の可能性をプッシュしようとも、あまり意味はない。『構造と力』が出た時のような緊張関係はなくなっています。

 日本の思想界で言うと、2001年に東浩紀さんが『動物化するポストモダン』で、オタク文化の中でもエロ美少女ゲームなど、サブカル中のサブカルにこそ批評的な可能性があると主張しています。それもまた、文化における既成の権威やドグマティズムに対するカウンターだったわけで、読者からは絶大な共感を呼びました。

千葉雅也さん ©文藝春秋

浅田 東さんのデリダ読解は非常に面白いと思い、僕が柄谷行人さんと編集していた『批評空間』に連載してもらった。それをまとめた『存在論的、郵便的』はあの雑誌から生まれた最も重要な本のひとつです。

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 ただ、東さんを含めたオタク文化の礼賛者たちは、コスモポリタンなサブカルチャーを異常に嫌う。それを見ていて、これは吉本隆明の「大衆の原像=マス・イメージ」論の現代版なんじゃないか、と思いました。吉本は徹底したスターリン主義批判者で、モスクワのご託宣を翻訳するだけのエリート輸入業者を嫌い、日本の大衆に内在しつつ考えようとした。大衆が貧しかった時代には、それはエリート知識人を撥ねつけるサンドバッグとして機能したかもしれないけれど、大衆がそこそこ豊かになると、そこから生まれるマス・イメージとしてのオタク文化を評価しても、ドメスティックな消費社会をやんわり肯定することにしかならない。

千葉 僕の『現代思想入門』が、そのような対立図式や倒すべき相手がいない時代に出たにもかかわらず一定の売れ行きを見せているのは、読者のみなさんが今の時代状況に何かしら危機感を抱いていて、どんな知のあり方が可能なのか探り求めているからだと思います。

浅田 僕の『構造と力』と千葉さんの『現代思想入門』は、まったく違う文脈にあるんでしょうね。

批評家の浅田彰氏と哲学者で作家の千葉雅也氏の対談「今なぜ現代思想か」全文は、「文藝春秋」2022年9月号と「文藝春秋 電子版」に掲載されています。

文藝春秋

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今なぜ現代思想か