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浅田 ジャン=フランソワ・リオタールの言葉で言えば、モダニズムの軸だったマルクス主義のような「大きな物語」が失われた。

千葉 はい。しかし現在、世間を見渡すと、相対主義を斥けて、何でも二項対立で考える風潮が高まっている。白か黒か、善か悪か。だからこの本では、そもそも、なぜ二項対立が生じているのか、状況を俯瞰して冷静に考える知性こそが重要だと書いています。デリダが唱える「脱構築」のような考え方をフランス現代思想から学びましょうと、改めて復習することを薦めているわけです。

ジャック・デリダ

浅田 千葉さんの言われた流れで言えば、東西冷戦終結後に多文化主義が広まる一方、そうした相対的な価値を通約するものは価格しかない、つまり多文化主義という表層の背後のグローバル資本主義がすべてを支配する状況になり、儲かるかどうか、役に立つかどうかのプラグマティックな〇×式思考が広まってしまった。それに対し、現実はもっと複雑なんだから複雑に考えようよ、と。

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「ニューアカ」ブームの時代

――では、今から40年前、『構造と力』が出版された時は、どのような時代状況だったのでしょうか。

浅田 1970年代末から、東欧の「民主化」やソ連邦崩壊、中国の資本主義化(改革開放)、そしてケインズ主義的福祉国家をかなぐり捨てた新自由主義による資本主義のグローバル化といった動きが始まり、十年後にそれが表面化します。

 80年代初頭に中沢新一さんや僕が本を出して、「ニュー・アカデミズム」ブームなるものが始まるんだけど、少なくとも僕がそのとき考えていたのは、旧左翼、とくにスターリン主義の延長線上にある現存社会主義国や、不毛なセクト闘争に陥った新左翼の失敗を清算することで、かえってマルクスを初めとする左翼思想を自由に読み替える可能性が出てきたということだった。ところが実際には、左翼はすべて×、資本主義が〇という方向に動いてしまったんですね。

浅田彰さん ©文藝春秋

千葉 経済的には新自由主義が一気に進んだ時代であり、政治的には1960年代から続いてきた左翼活動が頓挫した時代とも言えます。

浅田 79年に英国首相になったサッチャーや、80年に米国大統領選挙に勝ったレーガン、またレーガンと「ロン・ヤス」関係を築いた日本の中曽根康弘らが、新自由主義を推進する。中国でさえ鄧小平が「先富論」を唱え、先に豊かになれるものから豊かになれば、やがてその富が下の方にまで滴り落ちる、と言う。実際には欧米でも中国でも格差が開く一方なんだけど。