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日本は戦闘に巻き込まれるべきではない

 三浦 巻き込まれるべきではありません。ただ、米軍がもし正当化できるやり方で台湾を防衛するのであれば、日本は後方支援に限定して援助すべきです。

 東 僕はこうした議論を重ねることで「平和とは何か」を考えることこそ大事だと思うんです。

 ウクライナ戦争が始まってからずっと、僕が考えていることは平和は大事だということです。でもそれは単に抽象的な意味じゃなくて、日本という国にとって平和という価値は国際的なカードとしてすごく大事だということ。というのも、僕は最近取材でベトナムに行ってきたんですね。ベトナム戦争の大きな博物館がホーチミンにあるんですが、そこに行くと、日本人の戦場ジャーナリストなど、たくさんの日本人からの支援の記録がある。ベ平連などの左翼運動の記録とかですね。また、僕は何回かチェルノブイリ(チョルノービリ)に行ってますが、そこでも被爆の経験を生かして、これも左翼団体……今では左翼の市民運動というとそれだけで評判が悪いわけですが、彼らが国際的な支援をすごくやっていて、今でもウクライナの人たちはそのことを覚えている。

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 そういう日本が持っていた国際的な草の根ネットワークを支えるものとして、私たちは第二次世界大戦で被爆国となり大空襲も受けていて、いろんな反省があって、平和を追求している国なんだという前提があり続けてきたと思うんです。それは失ってはいけないと思う。

 だから今、僕は2パーセントにしてもいいと思うし、もともと自衛隊を合憲化するべきだとも考えているのですが、何より大事なのは「平和を作るための防衛力なんだ」という根幹の認識を改めてもつことだと思います。日本人は平和という概念をより強いものとして彫琢すべきだと思うわけです。

 哲学的には平和という概念は自由や民主主義と比べるとあまり議論されていない。「平和ボケ」という言葉すらあります。けれど、例えば近くで戦争が起きても、ある戦略的判断によって味方を助けず、それによって平和を守ることもありえる。平和というのは本当は残酷で、暴力的な側面をも含む概念ですね。

 成田 平和と暴力は表裏一体と。

 東 それは「平和ボケ」と揶揄される思考停止とは真逆のものであるはずです。正義と平和は似ているようで異なる概念です。正義を追求すれば自動的に平和が生まれるわけではない。そういう残酷さを引き受けて考えないといけない。

東浩紀・先崎彰容・中野信子・成田悠輔・三浦瑠麗「大座談会 これが日本の生きる道」全文は、「文藝春秋」2023年2月号と、「文藝春秋 電子版」に掲載されています。