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 羽生に白星が集まらなくなった最大の要因は、AI全盛の現代将棋に対応できていなかったことだ。いまの若手棋士は木の盤駒を使わず、パソコンのモニターの前で序盤戦を研究する。AIは人間の一部の感覚を古いものとして否定した。それに拒否反応を起こさず素直に吸収した若手棋士は、面白いようにリードを奪うことができた。

20歳の藤井聡太王将

羽生が藤井に勝つためには

 だが羽生には誰よりも強固な成功体験がある。人間の手を否定するのは、羽生を否定することと同義だ。AIは用いていたが、苦労している様子が棋譜ににじみ出ていた。けれど羽生はプライドをかなぐり捨て、50歳を越えて将棋を創り変えようとしている。

 羽生が藤井に勝る部分は経験だ。それを否定したのがAIだが、残すべき部分と変えるべき部分の折り合いをうまくつけた。

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「経験による視点と、まっさらな視点の両方を持たなくてはいけない」と羽生は言う。AIでの研究を参考にしながらも、藤井の対局数が少ない戦型を用いて、培った知見が生きる展開に誘導できれば勝機は十分にある。無敵の藤井に対してそれはとてつもなく難しい作業だが、それが実現した時に新しい羽生将棋は完成する。

 羽生は時折、対局中に微笑を浮かべることがある。超難解な局面を考えるのが楽しくてたまらないのだ。その表情を見ることができれば、あるいは――。