「共通基盤」なき時代へ
時間の経過によって、否応なく戦争体験から遠ざかっていく日本社会。渡辺と戦後政治についての考察を聞かせてくれた専門家は、戦後の日本人が共有してきた大切な価値観まで薄らいでいくことはあってはならないと指摘する。
作家の保阪正康は、戦争体験によって、戦後の時代と人物が形成されていったとして、渡辺と中曽根の現実主義的思考様式を評価する。
「戦争体験が人を作っていった時代が、戦後の日本だと思います。渡辺さんも戦争体験の中でつくられた1人の人間です。戦後日本が戦争をしないという意思を持って、その意思自体が政治的立場にかかわらず、国家の1つの柱になっていたのは、彼らがいたからです。
しかし渡辺さんに象徴されていた戦後という時代が、今終わりつつあるということでしょう。この終わりつつあるものを次の時代がどういうふうに継承できるか、我々自身の能力と歴史に対する向き合い方が問われていると思いますね」
「私たちの国は、どうあれプラグマティック〔現実主義的〕にならなきゃいけないというのが、あの戦争から学んだ最大の教訓ですよ。現実の中で物を考え、分析するということが必要なのに、軍人たちはある種の神話や虚構の世界に入り込んで、あの戦争を進めた。あの戦争が虚構の産物だったっていうことを、私たちは戦後の歴史の中で実証していかなきゃいけない。
だけど実証をしていく前に、実は渡辺さんや中曽根さんたちはやっているんです。『プラグマティックに物を考えなきゃ駄目なんだ』ということを。それを支えているものは何かと言ったら、彼らが共通して持っている戦争体験です。あの世代は、戦争体験を元にプラグマティックに物を考え、現実的に物事を処理してきた。
だけど今の政治は、プラグマティックだけでやって、支えになる思想や背景を固めていないから、糸の切れた凧のようにフラフラしているのではないかと思います。そうならないようにするためには、私たちは根っこを作っていかなければならない。もう一度、戦争体験を持つ政治家たちが語った言葉を、根っこにしていく努力をすべきだと思います」
東京大学名誉教授の御厨貴は、戦争体験が戦後日本社会の「共通基盤」となっていたとして、それが失われつつあることが、政治の議論の幅を狭めていると指摘する。