卒業を控えたころには、同じ道に進むと思っていた仲間たちが次々と就職を決めていた。いきなり現実を突きつけられた吉岡は、自分は上京してちゃんと事務所に入って、世の中に発信できる人間になろうと決心する。現在の所属事務所であるエー・チームに入れてもらおうと、当時の小笠原明男社長に直談判したのもこのころだ。
ブレイクするまで苦しいこともあったが、芝居をやりたいという情熱で乗り越えてきた。挫けなかったのは、独特の人生観によるところもあるようだ。《私は小さい頃から、自分に起こる現実から目をそらしてはいけないって思っていたんです。「今起きていることが最善」というか。そう思うだけで、しんどいこともうれしいことも、同じように受け入れられるようになった》というのだ(『AERA』2022年8月1日号)。
吉岡里帆が「貪欲に欲しているもの」
そもそも人生には思いがけないこともたくさんある。前掲の記事で吉岡はその一例として、1年くらい前にインスタを乗っ取られたことを挙げ、《私のアカウントでトルコ人がインスタライブをやっていたんです(笑)》と嬉々として語っている。
そういう体験は、俳優である彼女にとってはむしろ歓迎すべきものらしい。別の記事では、《表現する仕事に携わっていると、常に新しい感情に出会えることが、一番の糧になります》と述べ、それゆえに《初めての出来事は、全て宝物だなって思う。味わったことがない感情を味わいたい。そのことにはたぶん貪欲です(笑)。私にとって、嬉しいことと悲しいことは同じぐらい価値のあるもの。そう思うようにしていますし、仕事柄、それは本当にそうだと信じられるようになりました》と話していた(『週刊朝日』2020年11月27日号)。
どんなことも表現に貪欲に取り込んでしまうとは恐るべし! と思わせる。だからといって彼女はけっして自分の演技に酔ったりはしない。逆に、自分本位になりすぎないよう心がけているという。それというのも《人との関わり合いの中でしか、物語は生まれないし、人との関わり合いの中にしか、喜びや悲しみは生まれない》と考えるからだ。それゆえ、台本をもらったときも、《自分がどう表現するかよりも、どう全体の中の一部になっていけるのか》をまず考えるという(『週刊朝日』前掲号)。
思えば、吉岡がこれまで演じてきたなかには、肉体的、社会的にハンディキャップを抱えた人に寄り添うような役も多い。たとえば、主演ドラマ『健康で文化的な最低限度の生活』(2018年)では生活保護の受給者たちと接する区役所のケースワーカーを、舞台『白昼夢』(2021年)では引きこもりになった人とその家族を支援する団体の職員を演じている。後者は、自身も引きこもり経験を持ち、腕にはそのころのリストカットの跡があるという役どころだった。昨年放送のドラマ『しずかちゃんとパパ』でも、笑福亭鶴瓶演じる耳の聞こえない父親に代わって聞いたり話したりするコーダの女性を演じたのが記憶に新しい。