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「脱ぐことは怖くなかったです」グラドル・佐藤寛子の「ヌードの夜」出演のきっかけとなった“大物俳優”

佐藤寛子さんインタビュー #1

2023/01/22

 雑誌の勢い華やかなりし2000年代前半、中、高で生徒会長を務めたという真面目なキャラクターと抜群のプロポーションを武器に、グラビアアイドルとして大人気となった佐藤寛子さん(37)。その後は俳優に転身し、2010年公開の映画「ヌードの夜/愛は惜しみなく奪う」でのヌードの披露や、2014年には未婚の母となることを公表し、大きな衝撃を与えた。

 現在は岡山県に住んでいる佐藤さん。デビューの経緯から、大きかった父の死、燃やされた幻のヌード写真、「ヌードの夜」出演のきっかけとなった大物俳優の存在まで明かしてくれた。

佐藤寛子さん

女優志望の真面目少女がグラビアアイドルとして大人気に

――佐藤さんは映画のオーディションを受けたことがきっかけで、芸能界入りをされたそうですが、もともと憧れはあったんですか?

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佐藤寛子(以下、佐藤) ありました。当時はテレビ全盛で、「イグアナの娘」「聖者の行進」といったドラマに感動して、自分もやってみたいと思いました。

 そこで中学の終わりに映画のオーディションを受け、それをきっかけに事務所に入ることになりました。ただ事務所に入ってもなかなかドラマや映画には出られず、カラオケの映像とかエキストラの仕事ばかりで。でも、やってるうちに現場で知り合った人から「女優やりたいのもわかるけど、まずはグラビアとかやってみたら?」と言われ始めました。

 最初の仕事は、カメラの雑誌の企画で、佐藤寛子ではなくただの若い女の子として載りました。その後、当時の事務所の知り合いにグラビアに強い人がいて、その人に「営業行くぞ」と言われて、高校が終わったら制服のまま、「よろしくお願いします」と出版社へあいさつに行ってましたね。

――それが2002年ぐらいですね。雑誌グラビアに載り始めてからはすごい人気で、絶えず仕事が入り続けていた印象です。2002年からの3年で写真集は9冊出しています。しかもDVDも9本、そこに雑誌のグラビアもある。ほぼロケだったのではないですか?

佐藤 もうほぼどっかに行ってました。月に2回はタイで撮影していたり、ほぼ半分以上は海外だったかもしれないです。高校が芸能活動に理解がある学校だったので、なんとか卒業できました。