ストローに口をつけて、恐る恐る息を吸い込む。1滴、2滴と口に入ってきた薬は苦味を緩和するためのオレンジシロップの味がほんのりとするが、それでもひどく苦い。
上手く整理ができていない頭のなかには、相変わらず色々な考えや心配事が渦巻いていた。私は本当に死んでも良いのだろうか。私の治療費に蓄えのほとんどを使って、約25年の歳月を私に捧げてきた両親は、これからどうやって生きていくのだろうか。ショックに耐えきれずに、私の後を追うようなことにならないだろうか。ペットたちは、幸せに生きていけるだろうか――。
「私は自分の意思で死ぬのだ。他の意見は関係ない」ずっとそう言い張ってきたはずなのに、気付けば私の頭に浮かんでいたのは自分自身のことではなく、私を支えてくれた人たちのことだった。
そして何より、私の手を痛いほど握る父の気持ちを想像すると、どうにもいたたまれない気持ちになった。目の前で自ら命を絶つ娘の姿を見て、果たして彼は正気を保っていられるだろうか。
――急激な罪悪感に襲われた私は、直前で薬を吸い込むことができなくなってしまった。あんなに望んだ安楽死のはずなのに、一向に踏ん切りが付かなかったのだ。ストローをくわえたまま、数分が経とうとしていた。
「ストップ。あなたはまだ死ぬべきでない」
エリカ先生から、ついに制止の声がかかった。
私は力が抜けた。正直、自分ではもうどうすべきか決められない気がしていたからだ。誰か決めてくれとさえ思っていた。しかし同時に真逆の考えも浮かぶ。すべて終わらせるために、散々苦労してここまで来たのに。私はまた、人の顔色を窺い自分で自分を苦しめて、馬鹿みたい――直感的にそう思った。
しかし、エリカ先生の言うことは正しかった。確かに私は、完全に迷いを断ち切ることはできていない。薬を飲むことができなかったのが、その何よりの証拠だ。反論は一切できなかった。
ここで中断したからと言って、私が手に入れた死ぬ権利は無効になるわけではない。もう一度気持ちにしっかりと整理をつけて、またここに来よう。悔しさはあったが、私はそう判断した。
「やめた」
私がそう宣言した瞬間、父は耐えかねたように嗚咽しながら勢い良く抱きついてきた。どこかホッとしたような残念なような複雑な気持ちのまま、私は力強い父の腕に抱かれていた。