「お父さん!」
通話状態でつなぎっぱなしのテラサキが耳元で怒鳴った。
「撤退しろ!」
転々、命じられるままに
犯行現場からほど近い量販店の防犯カメラには、犯行に使う道具類を購入する桶谷の姿がはっきりと映っていた。幅5センチのテープ、ガスバーナー、タオル、結束バンド……。量販店のレジに残されていたデータと、これらの物品がことごとく一致した。そして現場から慌てて逃げたせいか、押し入った民家の庭には、犯行に使った道具を入れていた白いビニール袋を落としていた。
さらに、女性の顔に貼られた粘着テープやガスボンベの表面に残されていた指紋も桶谷のものと合致した。ありとあらゆるところに物証が残されていた。
捜査関係者は眉根を寄せ、切り捨てるように言う。
「タタキ(強盗)なんかやったことのない、素人による雑な現場だった」
この強盗未遂事件の2日後、桶谷は次の犯行に向け、千葉県柏市内に移動するよう指示を受けた。
市内を転々とさせられ、行く先々で強盗に入るよう命じられる桶谷。そのたびに「家の人がいない」「周辺に人通りが多くて、今はできない」などと言い訳を繰り返し、やり過ごした。それまで逮捕歴も前科もなく、真っ当な人生を送ってきた桶谷だったが、SNSで知り合ったアカサカとテラサキを名乗る2人の男から「家族を殺す」と脅され、言われるままに行動していた。
総額99万6000円のうち、報酬として受け取れたのは4万6000円
テレグラムを通じて、昼夜関係なく四六時中連絡が入り、着信に出なかったり、犯罪の実行を断ろうとするたびに脅され、犯行を強いられた。
桶谷はこの日、自分名義の金融機関の口座番号を教えるようアカサカに言われ、伝えた。
口座には、同じ日に大阪市内で発生した強盗事件で奪われたキャッシュカードから、現金100万円が振り込まれた。桶谷は詳細な指示に従い、引き出せる1日の上限額を超えないよう慎重に引き出した。
千葉県柏市内のコンビニで20万円を2回、9万6000円を1回。翌日は東京都千代田区大手町のコンビニで20万円を2回、10万円を1回……。
各コンビニのATMに設置されている小型カメラには、桶谷が1日に何度も現金を引き出す姿がはっきりと撮影されていた。
この事件でも、桶谷は「詐欺などの犯罪行為により入金されたものであることを知りながら現金を引き出した」として窃盗罪で逮捕、起訴されることになる。
連日の出金によって総額99万6000円の現金を手にした桶谷だったが、アカサカの指示で報酬として受け取れたのは、そのうちの4万6000円だけだった。報酬の大半は、指示に伴う移動のガソリン代や宿泊費、食費などに消えていった。
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