「先輩に金を借りに行ったらその先輩が、妻と私の両親に『大丈夫か』と伝えてしまったのです」
一家はしかし「一緒に返済していこう」と気持ちを前向きに切り替え、出産して間もない妻は夜のスナックで働き始めた。桶谷は、休日に働くことのできるアルバイトを必死に探し始めたのだった。
「高収入」「グレーバイト」
「高収入バイトを探しました。車を持っているので『運び』の仕事はないかなと思って検索しました」
ほどなくツイッターを通じて「運び」のバイトを紹介された。ただ、その仕事を引き受けるには、運送する物品が紛失・破損した場合のために30万円の保証金が必要だという。不安もあったが、報酬は800万円と聞き、妻に黙って生活費の一部を流用し保証金30万円を工面した。
「運びのバイトなら、人を傷つけずにやれると思いました」
実際に桶谷は運送したものの、中身はゴミだった。報酬はいつになっても支払われず、仕事を紹介してきた男との連絡は途絶えた。気付いたときには、保証金の30万円を騙し取られていた。
桶谷は焦った。妻に黙って生活費から流用した30万円をとにかく早急に穴埋めしなければ――。
桶谷はツイッターで「高収入」「グレーバイト」を躍起になって検索した。「アカサカ」 と「テラサキ」を名乗る指示役の男2人とSNSを介して知り合うまでに、時間はかからなかった。2人との連絡には秘匿性の高いメッセージアプリ「テレグラム」が使われた。
手っ取り早く稼がなければならない。報酬は50万円欲しいと伝えると、アカサカは言った。
「では、タタキ(強盗)をやれ」
このとき桶谷は既に、アカサカの求めに応じて、本名や自宅の住所、その外観の写真を送っていた。さらにツイッターの画像を過去に遡って探られたことで、妻や子どもの顔写真までアカサカたちの手に渡っていた。
「タタキはできない」。拒否した桶谷にアカサカは告げた。
「家族を殺すぞ」
そのメッセージには、家族と一緒に撮った写真が添えられていた。
「タタキ(強盗)をやってもらう。1件100万円の報酬だ。お前とはもう1時間以上話した。(犯行の)話を聞いたからには、少なくとも1件はやってもらう」
2020年9月7日。氏名不詳のアカサカから告げられた仕事内容に、桶谷の焦燥は頂点に達した。
すでに個人情報は何もかも知られている。借金返済のためにも早く仕事をこなさなければならない。しかし人を傷つけることなどできない……。
拒否した桶谷をアカサカは執拗に追い詰めた。「もう遅い。俺たちはお前の家族をいつでも殺せるんだ。警察の中にも俺たちの仲間がいる。通報したらどうなるか分かっているんだろうな」。繰り返し脅し、追い詰め、桶谷に決断を迫った。