近年、あらゆる手口でカネを騙し取る「特殊詐欺」事件の発生が相次いでいる。凶悪な緊縛強盗致傷事件を引き起こした男が、実は特殊詐欺の末端を担当していたというケースも多い。特殊詐欺が、複雑怪奇かつ重層的な犯罪と化しているのだ。
ここでは、犯人側の視点から特殊詐欺事件の実態に迫った神奈川新聞記者・田崎基氏の著書『ルポ 特殊詐欺』(筑摩書房)から一部を抜粋してお届けする。(全2回の2回目/1回目から続く)
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横浜事件
9月10日と11日は、アカサカらから指示されて合流した共犯者、木暮虎夫(仮名、当時22歳)と行動を共にするよう言われた。
その木暮は、「ワタベ」と名乗るよう指示されていた。指示役の男たちは桶谷博(仮名、当時29歳)に偽名として「コジマ」を騙(かた)らせていた。アカサカやタカヤマは「2人そろって、お笑いコンビ“アンジャッシュ”だ」と言って笑い合っていたという。
「横浜事件」。捜査関係者がそう呼ぶ緊縛強盗事件を、11日の午後、2人は横浜市港北区で起こすことになる。
指示役の男は、事細かく強盗の手口を告げてきた。
「独り暮らしの高齢女性の一戸建て住宅を狙う。火災報知機の点検業者を装って家に侵入しろ。家人の口をタオルでふさげ。結束バンドで手足を縛り、現金とキャッシュカードを奪え。脅してカードのアンバン(暗証番号)を聞き出すんだ」
さらに、指示は犯行隠蔽の手段にも及んでいた。
指示された2階建ての民家を発見
「お前らが逃走した直後に、事前に用意した偽の警察官を家に突入させる。その偽警察官が家人から被害の状況を聞いて、被害届を提出させる。家人は捜査が始まると思い込んで、110番通報はしない。こうしておけば、事件は当面発覚しないんだ」
2020年9月11日の昼下がり。横浜市港北区内の鶴見川沿いに広がる閑静な住宅街に、桶谷はいた。タオルや軍手を買うように指示され、用意して現地に向かった。指示された番地に着いたが、ターゲットとされる家の表札が見あたらない。指示役は具体的な個人宅を名指ししていた。歩き回った末にようやく、入り組んだ細街路の一画に、指示された2階建ての民家を見つけた。
桶谷は前日から、ワタベと名乗るよう指示された木暮と行動を共にしていた。2人の耳には、テレグラムで常時通話状態となっているマイク付きイヤホンがねじ込まれている。
アカサカとテラサキが入れ代わり立ち代わり、細かく指示を飛ばしていた。
「コジマ(桶谷)がインターホンを押して「火災報知機の点検」と言って先に入れ。後からワタベ(木暮)が入れ」