近年、あらゆる手口でカネを騙し取る「特殊詐欺」事件の発生が相次いでいる。凶悪な緊縛強盗致傷事件を引き起こした男が、実は特殊詐欺の末端を担当していたというケースも多い。特殊詐欺が、複雑怪奇かつ重層的な犯罪と化しているのだ。
ここでは、犯人側の視点から特殊詐欺事件の実態に迫った神奈川新聞記者・田崎基氏の著書『ルポ 特殊詐欺』(筑摩書房)から一部を抜粋してお届けする。(全2回の1回目/2回目に続く)
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わずか2カ月のうちに起きた壮絶な出来事
「もう本当に家族が殺されると思って……。やりたくなかった。でも、もうやるしかないと……」
2021年11月。横浜地裁402号法廷に桶谷博(仮名、当時29歳)の姿があった。証言台の前で五分刈りにした頭を深く垂れ、痩身の背中を小さく丸めて言葉を詰まらせながら嗚咽(おえつ)し、桶谷は泣きじゃくった。
住居侵入、強盗致傷、強盗未遂、窃盗……。起訴状にずらりと並べ立てられた罪名はまさしく“凶悪犯”そのものだが、あまりに桶谷の様相とはかけ離れていた。桶谷は、20年9月、横浜や川崎で連続発生した緊縛強盗の犯人として逮捕された。
侵入強盗や窃盗を繰り返し、計198万円を不正に引き出したとされる桶谷の身には、わずか2カ月のうちに、壮絶な出来事が起きていた。
順風な家庭の陰に
名古屋市出身の桶谷は高校卒業後、地元の貿易関連会社に就職した。熱心に働き10年ほど勤めると手取りは月給24万円ほどになっていた。桶谷は22歳のころ、高校生のときから交際していた女性と結婚し、逮捕当時1歳9カ月になる息子と3人で充実した生活を送っていた。一見、順風満帆に見えた桶谷家の暮らしだが、そこに影を落としたのは、桶谷が家族にひた隠しにしていた結婚前からの借金だった。
「ギャンブルにハマっていまして。身の丈に合わない車も、ローンで買ってしまいました。 小遣いでは借金を返済できず、借金を返すために金を借りて、その金をパチンコに費やすようになっていました。借りては返し、また借りてという繰り返しです」
200万円ほどの多重債務が妻や自身の両親にばれたのは、妻が出産し育児休暇に入り、世帯収入が一気に減ったからだった。桶谷の月給だけでは、借金の返済と、生活費の両方を賄いきれなくなったのだ。