ところが、立ち食いそば屋で揚げ置きを提供している店ではそうはいかない。「カリッと天ぷら」も「普通の天ぷら」も時間が経つとしんなりしてうまくない。そこで、時間が経ってもいいように低温でじっくり長めに揚げて水分を逃した「カチカチの天ぷら」を作るところがある。市ヶ谷の「瓢箪」などはその典型例。
そしてもう1つ揚げ置きするための「コロモやや多めの天ぷら」というのもある。「天ぷらいわた」の天ぷらはこの範疇に属している。いわたの天ぷらは大きくしっかりとしたタイプである。
つゆが沁みやすくなる工夫
ではなぜコロモをやや多めにして天ぷらを揚げるようになったのか。これは今回の訪問でもっとも聞きたかった質問であった。すると岩田社長は目を輝かせて話し出した。
「玉ねぎを例にしてみると、カリッと揚げても時間がたつとしんなりしていまいます。かといって時間をかけて水分を蒸発させ過ぎるとしぼんでクタクタな貧相な感じになります。そこでウチで考えたのは次のような方法だったんです。ある程度コロモをまとって玉ねぎの水分を蒸気にして出していくと、それがコロモの中に気泡のようなものをつくります。そしてそれが蒸発して空洞になります。納品後もこの状態が残っていますから、そばつゆをかけるとそこにつゆが沁み込んでうまみが天ぷらに広がって味が華開くというわけです」
頭の中でLED電球がピカッと光ったように納得した。これは「揚げ置き天ぷらの美学」といってもいいだろう。もちろん、立ち食いそば屋の天ぷらは高級天ぷらを目指すものではなかったということもある。コロモが多ければ腹持ちもよく、空腹感を満たしてくれるという側面もある。田舎のおばあちゃんが作ってくれたようなあのもっさりした天ぷらが懐かしいという人もいるかもしれない。とにかく、昭和50年代の「大船軒」の天ぷらはうまかった。「天ぷらいわた」の名作だったというわけである。
「今は天ぷら揚げ立ての店も増えていますが、中には昔懐かしい天ぷらが食べたいというニーズがあって、再契約をしてくれる店もあります」と岩田社長は誇らしげだ。