野田での興行には、所属する落語協会の最高顧問で、一之輔の小学校の大先輩でもある鈴々舎馬風が出てくれることになっていた。忘れたことに気づいた一之輔はうろたえるが、しかし馬風師匠に伝えないわけにはいかない。叱られるのを覚悟して、おずおずと申し出た。だが、それを聞いた師匠は怒るでもなく一言、「目立っていいじゃねえか」と言ってくれたという。一之輔はこの言葉をそっくり桃花に贈って、演目に入ったのだった。
後輩の失敗に対し、小言や嫌味を口にするのではなく、自分も同じ失敗をしたとフォローするのがとても粋に感じられた。同時に大先輩である馬風師匠の鷹揚な人柄も伝わってきて、心がなごんだ。一之輔が『笑点』メンバーに選ばれたのは、実力や人気ばかりでなく、場の空気を悪くしないよう、こうした気遣いがさりげなくできることも大きな理由だったのではないか、といまにして思う。
桂宮治とのバトルも
『笑点』では、先述のとおり闘病中の円楽に代わって週替わりで落語家たちが登場するなか、一之輔もゲスト出演している。このとき、先にメンバー入りしていた桂宮治とお互いをネタにしてバトルを繰り広げ、笑いを取った。
番組では、古くは桂歌丸と三遊亭小圓遊、時代を下れば歌丸と6代目円楽など、メンバー同士の“けなし合い”が名物となっている。もし、一之輔がメンバー入りすれば、宮治とのあいだでこの伝統が引き継がれるに違いないと、筆者はひそかに楽しみにしていた。予想どおり、それは一之輔がメンバー入りするや、宮治が彼を「川上君」と馴れ馴れしく本名で呼ぶなどしてさっそく実現した。
さかのぼれば、一之輔も宮治も、前出の桃花も、かつて若手・中堅落語家を集めたテレビの深夜番組『噺家が闇夜にコソコソ』(2014年放送)にレギュラー出演していたのが思い出される。一之輔はこのとき二ツ目から真打に昇進して3年目だった。
見知らぬ人のツイートで知った「真打昇進」
真打には落語協会の先輩二ツ目21人を抜いての昇進、それも落語協会からは当初彼を含め3人の昇進が発表されながら、まず最初に彼だけが単独で襲名披露することになったところに、若くして頭角を現し、周囲から期待されていたことがうかがえる。もっとも、肝心の真打昇進を、一之輔は師匠の一朝より伝えられるはずが、師匠の携帯電話の充電が切れていて落語協会から連絡が受けられず、師匠より前にTwitterの見知らぬ人の投稿で知ったという逸話が残る。