サラッと「倍返しだ」
阿部 西木は人間らしくて面白いですよね。最初は仕事ができなそうな、ただのお調子者のように見えて、やる気があるのかないのかよく分からない。「居酒屋で出会った変なおじさん」を支店に連れてきたりしますし。ところが、100万円紛失事件を調べていくうちに「実はデキる人なのか?」と、印象が変わっていくのがカッコいい。あと、同じ支店で働く人たちのことをよく見ていますね。
池井戸 西木は抱えている事情が深刻なので、シリアスに演じすぎると、暗い映画になるじゃないですか。阿部さんの持ち味の軽やかな演技に救われて、あまり深刻な感じにならなかったのが良かったです。
阿部 ありがとうございます。あの人、結構すごい悩みを抱えていますもんね。
池井戸 ですよね。普通の人なら逃げ出してもおかしくないぐらいの。
本木 最初の撮影で、阿部さんが思ったよりもさらにテンション高めで演じられていて。今だから言うと、実は「これでいいのかな」と悩んでいたんです。でも、むしろ弾けている感じで良かった。僕は松竹の社員監督時代に『釣りバカ日誌』シリーズなど、サラリーマン社会をコミカルに描いた映画を手がけましたが、軽やかにさっぱりとお芝居するのって案外難しい。監督の諸先輩たちから「重く演じるのは誰でもできる。軽やかに演じることができる人が才能のある俳優だ」と教わったことがあります。阿部さんの芝居はまさに松竹映画にふさわしい軽やかさがありました。
とはいえ、西木はずっと明るいわけでもない。表面上は明るくて気のいい男だけど、たまにちょっと不気味なところもあって、色んな顔をもっている。阿部さんの絶妙な演技によって、西木のつかみどころのないキャラクターがよく出ていました。
池井戸 あと、阿部さんはよくあれだけの膨大な台詞を完璧に覚えられますね。ドラマ『半沢直樹』でも、堺雅人さんが長台詞を朗々とそらんじていて、いつも驚かされましたが。
本木 私も感心しました。今作では、物語の終盤、西木がある人物に対して切々と語りかけるシーンは長かったですね。
阿部 あそこは西木の素顔や人となりがよく分かる、肝のシーンじゃないですか。だから役作りにあたって最初にあの場面から覚えました。
本木 撮影は一発OKでしたね。
阿部 ロケ場所の荒れ地があの場面にとてもふさわしかったから、これはやるしかないなと思いました。それに半沢の名台詞「やられたら倍返しだ」まで言わせていただいて。
本木 阿部さん、意識されているだろうなと思って、寄りで撮っておきました(笑)。
阿部 あの台詞はね、なかなか言える人はいないですもん。だから、ちょっと堺さんのことを思いながら言いましたよ。本家と違うのが、脚本には「倍返しだ」のあとに「!」が付いていない。叫ばずにサラッと言う「倍返しだ」でした。