1ページ目から読む
2/4ページ目

「ヘンリー王子を常に記憶する」との声明が

 ただ、スペアというとネガティヴな印象ばかりを抱く読者も多いと思いますが、ニュアンスは少し異なります。イギリスの階級社会には「heir and spare(後継者と予備)」という古くからの言い回しがあり、むしろ後継者と同様にスペアという存在の重要性を認識する風潮があるのです。階級社会のトップである王室においては、称号やそれに伴う広大な領地と財産を絶やすことなく継いでいかなければなりません。万が一にも戦争や病気などで後継者が亡くなり、家系が途絶えることになってはいけない。エリザベス女王ですら、ヘンリー王子のことを「かわいいスペアちゃん」と呼んでいたのです。

昨年11月亡くなったエリザベス女王 ©時事通信社

 ですが、ヘンリー王子の認識は真逆のようです。「(スペアだから)割を食った。いじめられた」。この本には、そんなエピソードがこれでもかとちりばめられています。

 そうした感情が、歪なかたちで発露してしまったのが、従軍経験の中で25人ものタリバン兵を殺害したと告白をしているくだりでしょう。王子は10年間陸軍に在籍し、2度、アフガニスタンに派遣されています。王子はこう述べています。

ADVERTISEMENT

「(25人という)この数字に満足もしなかったけれど、恥ずべきことだと思ったわけでもない」

 過去にもこの戦闘に触れたことはありましたが、こうした具体的な数字やそれへの想いが表に出るのはまったく初めてです。さらに、非難を浴びたのがこの表現です。

「人間だと思ったら殺せない。戦闘員たちはチェスの盤上から振り落とされる駒だった。善良な人々が殺される前に悪人を排除した」

 これを受けて出版後、タリバンの幹部は「ヘンリー王子を常に記憶する」「このような犯罪は国際法廷にかけられるべきだ」と声明を発表。王子自身はもちろん、メーガン妃と2人の子供たち、王室や英国軍、ひいては全イギリス国民までを報復の危険にさらすことになりました。

 1月14日には、イランとイギリスの二重国籍を持つアリレザ・アクバリ氏が、イラン政府により処刑されたことが報じられました。2019年にスパイ容疑で逮捕されていたアクバリ氏は、出版翌日の1月11日、見せしめのように死刑判決を受けました。イラン外務省は同17日にツイッターで、「英国の体制下で王室の一員は25人の罪のない人たちをチェスの駒を除去するように殺した」、「戦争犯罪に目をつぶる人たちが他国の人権を説教する資格はない」とコメント。本書は、ただでさえ良好とは言えなかったイランとイギリスの緊張関係を不用意に高めてしまったのです。英国軍関係者もインタビューで口を揃えて「軽率な発言だった」と反発しています。

 25人とあえて数字を出したのは、英国軍での活躍を「自慢」したかったのだろうと見られています。このあたりにも屈折した自己顕示欲が表れているのでしょう。

 何がヘンリー王子をここまでの痛々しい“暴露”に走らせたのでしょうか。そもそもイギリス国内ではメーガン妃との結婚が王子を変えてしまったと言われています。